希望日記

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  •  今朝ふと母の顔が
    [朴元淳の希望日記165]

    SMG 845
  •     今朝ふと母の顔が思い浮かびました。忙しさに取りまぎれて思い出すこともなければ、夢に見ることもありませんでした。いくら毎日忙しく大変だとしても、子供のために生涯を捧げた母親のことを一度も考えないなんて。この親不孝をどうしたら許してもらえるのか、身の置き場 もないような気持ちになります。

        母が亡くなった日。ソウルを出発して母が入院している釜山(プサン)の病院に向かった私を死なずに待っていた母。おかげで死に目に会うことができました。死を目の前にしながらも、子供に恥をかかせたくなかったのでしょう。

        もう20年も前の話です。人間というのは本当に便利な存在のようです。肉親を失うというのは本当に耐えがたく悲しいことですが、今私たちは何もなかったかのように毎日を生きています。亡くなった直後には実感がわかずに耐えられたし、月日が過ぎるとだんだん記憶が薄れて耐えられるようになるのでしょう。実感がわかないとか記憶が薄れる。このようなことでもなければきっと人間は肉親を失った悲しみから脱け出すことができないでしょう。 
    それでも昔の朝鮮時代には「3年侍墓(シミョ、墓守)」という慣習がありました。親の墓の横に天幕を張り、3年間墓を守るという侍墓制度を見ながら、私がどんなに親不孝であるかを悟りました。夢でも会うことができないのですから。

        生きている時にもっと親孝行しておけばよかったと後悔するのは、親を亡くした人なら誰でも思うことでしょう。もっとしょっちゅう会いに行って、もっとおいしい物を食べさせて、もっと温かい言葉をかけてあげればよかったと、後悔の念に全身が包まれてしまいます。人間は本当にかわいそうな存在ですね。できるときには何もしないで、できなくなってから後悔するのですから。まだご両親が健在の方は、今日ご両親に会いに行くか、または電話でもいいので連絡しましょう。いや毎日、毎日そうしてください。そうしたくてもそうできない私のようになる前に。