ビッグデータは文字どおり「大量のデータ」を意味する。スマートフォン、クレジットカード、ナビゲーションなど、膨大なデータが世の中には溢れている。最近はモノのインターネット(IoT)技術の発達によって、データはさらに恐ろしいスピードで増加している。すでに多くの企業がビッグデータを活用し、新入社員の採用からリスク管理に至るまで様々な経営判断に利用している。
ビッグデータの概念 |
ソウル市は、ずいぶん前から市民が必要とする政策サービスを実現するためにビッグデータを活用している。人口1千万人を超える世界的な大都市であるソウルは、多様な利害関係をもつ市民が共存しているため、様々な問題をすぐには解決できないという特徴がある。 「限られた原資で深夜バス路線を効率的に運行するにはどうすべきか」 「統計的には空車のタクシーが溢れているのに、なぜ特定の時間帯にはタクシーがつかまりにくいのか」 「庶民が運営する店舗に流動人口はどのような影響を与えるのか」 など、都市は多様な問題を抱えており、これらを解決するための最善のアプローチと戦略が必要になる。そこでソウル市が選んだ解決策がまさに「ビッグデータ」なのだ。
ソウル市では1日100Gbyte以上のデータが生成されている。区単位の自治区、事業所、傘下機関(投資出捐機関)、SNSなど日常生活のデータまで範囲を広げるとその規模はとてつもなく大きくなる。中でも、1千万人の市民のうち90%が使っている交通カードデータを分析すると、ソウル市民の生活圏を把握することができる。また、これらのデータを活用し必要な情報を導き出すことで様々な分野への適用が可能になる。ダイナミックな都市ソウルの市民がよく利用する、バスと地下鉄の深夜運行がその代表的な例である。だが、深夜バスの導入そのものより難しかったのは、利害関係者を満足させる最適な路線を決めることだった。この路線決定のための作業にビックデータが大きく役立ったのである。
ソウル市は、まず30億台のも携帯電話の通話料を分析し、深夜(夜12時~朝5時)にソウル市民の人口が集中する場所を把握した。加えて、スマートカードでタクシー運賃が支払われた一週間分の乗降情報と従来のバス路線の時間・曜日別利用量パターンを分析し、最も多くの人が恩恵を被ることができるよう深夜バスの路線を決めた。満足度に関するアンケート調査の結果、サービス満足度は90.5%に上った。
ソウル市深夜バス路線の最適化 |
タクシー情報システムのビッグデータ分析 |
市民のための政策にビッグデータを活用した事例は深夜バスだけではない。ソウル市民の苦情受付窓口「120タサンコールセンター」の60万件のデータを分析したところ、タクシーに対する市民の不満や関心が高いということが明らかになった。これを受け、本格的にタクシードライバーと乗客の満足度を高める取り組みを始めた。タクシーの中に装着されたDTG(Digital Tacho-Graph、車両運行記録計)装置のデータを分析すると、タクシーの移動経路と乗客の乗車有無を把握することができる。これを基に、7万台あまりのタクシー運行データ約1,300件を分析し、乗車率の向上に活用したのだ。また、空車率(客が乗っていない状態で走っている比率)を10%に下げ、エネルギーを節約し大気汚染を減らすという付随的な効果も期待され、市民の小さな(Small)苦情をビックデータが大きく(Big)解決した事例といえる。
これらの経験からソウル市は、ビッグデータ共有活用プラットフォーム事業の1つとして、交通安全と事故予防に向けた交通事故削減政策支援システムを開発した。交通事故の頻発地点と交通安全施設位置の分析を通じてスピードバンプを設置するなど、交通安全環境をつくるための取り組みである。高齢の歩行者が事故に遭いやすい事故多発地点の施設を見直し、中央停留場に信号無視禁止施設を設置した。また、飲酒運転による事故多発地点に関する情報を警察と共有し、データに基づいて取り締まり地点を決めるなど、飲酒運転の取り締まりを支援した。
停留場の種類別信号無視事故(発生地点) | 2013年下半期 ソウル市内の交通事故死亡者数 |
また、過去5年間の3億2千万件に及ぶ障がい者コールタクシー運営のビッグデータを活用し、利用顧客が最も大きな不満を抱えていた待ち時間を短縮する「自動車配車システム」を開発した。「自動車配車システム」は、オペレーターが配車依頼を受け付けた後、システムで利用者に合った車両の有無、受付・順番待ち状況、現在地から一番近い車両などを総合的に分析し自動で車両をマッチングする方法である。このシステムを活用した結果、待ち時間は27.4分から24.5分へと、3分短縮された。
このようにビッグデータは、ソウル市民が日常生活で利用できる様々なサービスを生み出すことに大きく貢献している。実際にビッグデータは生活の中で様々な役割を果たしており、その事例の1つが創業とマーケティングの活用策となった「わが地域の商圏分析サービス」である。
「わが地域の商圏分析サービス」は、町の商圏で個人店舗の開業を目指す人のために、ビッグデータを基盤に町の商圏を分析し、それを地図上にビジュアル化させたもの。該当地域をクリックするだけで新規開業リスクや地域商圏の分析情報などが検索できるため、開業時に必要な情報源として活用される。そのためソウル市は、大型流通施設が入っていない大通りの路地に店を構えている零細商圏の合計1,008舗を「ソウル型町商圏」に規定し、その地域内の小さな中華料理屋、コンビニなど生活密着型43業種に関する200億件のビッグデータを分析した。
様々な分野でビッグデータの役割が大きくなるにつれ、ソウル市は、市のIT機能が集積された上岩(サンアム)洞エスフレックスセンターにビッグデータキャンパスをオープン(2016年7月14日)した。ビッグデータキャンパスは、産学官民のパートナシップを通じて、公共はもとより、民間が保有しているデータを融合・分析できるよう専門的に支援を行うオフラインスペースだ。ここでは、データの分析に必要なソフトウェア、専用のコンピューター、大学のビッグデータセンターと連携した分析専門家の支援を行う。また、ビッグデータの専門家でなくてもデータを活用できる。
ソウル市がこのようなビッグデータキャンパスの計画を立てた目的はただひとつ、皆で社会問題を解決しようというものである。この計画は、同施設を市民、市民社会、研究所などに優先的に公開し、交通、経済、文化など社会問題をスムーズに解決するために支援するというものだ。これにより、データの確保や分析費用が大きな負担となりデータの活用に踏み出せない小規模の会社や青年創業希望者など、社会的弱者が抱えている情報の格差を解消できることが期待される。
公共データの公開とビッグデータの活用を通じて、ソウルは多くの変化を遂げている。一言でビッグデータは、市民の声が詰まった宝庫であり、現に深夜バスの導入という政策決定にも大きな影響を与えた。これを踏まえ、ソウル市はすべての市政にビックデータを活用していく方針だ。
世界ビッグデータ市場の規模 | 韓国ビッグデータ市場の規模 |
ソウル市だけでなく、科学界でもビッグデータは今や必須である。データの伝送スピードと保管費用が画期的に改善され、世界中から日々送り出される膨大な量の資料をベースに研究ができるようになったためである。このようにビッグデータは政策、企業マーケティング、科学研究など、社会の全ての分野において欠くことのできない重要な意思決定ツールになっており、世界各国の政府と企業の間でもビッグデータは新たな経済的価値のある資産として認識されつつある。ビッグデータを通じて市民の心を読み、市民の声に耳を傾けているソウルで、今後もビッグデータを活用した多様な政策サービスが生まれることを期待したい。