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自然と文化が調和を成す都市、ソウル

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ソウルの基礎情報

ソウルについて

歴史

一般情報

一般情報歴史遺跡
韓国文化の中心

韓半島(朝鮮半島)の西側中央に位置する大韓民国の首都ソウルは、先史時代から現在に至るまでの長い歴史の中で、韓半島の中心へと発展してきました。

ソウルが韓民族の歴史上、最初に首都として登場したのは、紀元前の百済建国初期で、輝かしい百済文化は韓半島の文化を起こす皮切りとなりました。三国時代には、三国による首都圏争奪戦がもっとも激しく戦略的に重要な地域であり、韓半島でソウルがいかに重要であったかがわかります。

ソウルは、統一新羅、高麗時代を経て、1394年の朝鮮王朝建国とともに、再び韓半島の首都として歴史の中心に再び登場しました。そして、今現在、大韓民国の首都となっています。

 現在ソウルは、600年の歴史を持つ都市として韓国の伝統文化と現代文化が共存する都市であるだけでなく、世界でもなかなか類を見ない、山、川、都市空間が見事に調和された珍しい都市のひとつに数えられます。

大韓民国近代文明の出発点、ソウル

ソウルは、19世紀末の開港以来、西欧の文化を本格的に取り入れ、さまざまな分野で近代化を目指す第一歩を踏み出しました。韓半島で一番早く鉄道と路面電車が開通し、電話、西洋式の学校などの近代的な生活施設も取り入れ, 1885年には、朝鮮最初の近代式病院、広恵院が門を開いた場所でもあります。

朝鮮時代には、「漢陽」、日本の植民地時代には「京城府」と呼ばれたソウルは、1945年8月15日の解放と共に「ソウル」と改称され、1946年には「道」(韓国の行政区画)と同じ水準の地方自治団体に格上げされました。その後、1948年に大韓民国政府が樹立されて首都に定められ、1949年に現在の「ソウル特別市」となりました。

1950年の6.25(=朝鮮戦争、韓国戦争)により、廃墟となったソウルは、何ヶ月もの間、首都機能を失うなど、受難の時期を経験しましたが、戦後、復旧事業と市民たちの強い意志により、韓国の首都として再び立ち上がりました。

ソウル市は、1963年1月1日付けで、漢江以南の京畿道一帯を編入し、ソウルの行政区域を拡大し、江北地域と江南地域の均衡発展の基礎を整えました。1970年代に入り、各種の都市行政需要が急増しました。それらの需要を円滑に進めるために、漢江以南の地域開発が集中的に推進され、発展を重ねていきました。

特に1970年代のソウルは、韓国経済の成長の中心となり、先進国が100年以上かかって成し遂げた産業化を韓国はわずか30~40年で実現し、「漢江の奇跡」と賞賛されました。

ソウル市が世界に広く知られるようになった決定的なきっかけは、1988年のオリンピック開催だといえるでしょう。
ソウル市は、1981年に第84回国際オリンピック委員会(IOC)総会で第24回オリンピック開催都市に選ばれました。その後、ソウル市民の力と積極的な参加によって1988年ソウルオリンピックを「勝利のドラマ」として演出しました。

1994年は、朝鮮王朝が漢陽を都と定めてから600年目にあたり、10月28日を「ソウル市民の日」とし、ソウル首都1000年を約束するタイムカプセルを埋めるなど、さまざまな記念事業を行いました。

2002年6月、ソウルは、ワールドカップ開催都市のひとつとなりました。サッカーの韓国国家代表チームが四強入りを果たし、ソウル市庁前広場にはワールドカップ勝利の歓声が響き、全世界の人々の目を引きました。広場に集まった数え切れないほどの人の波と歓声は、マスコミのスポットライトを浴び、全世界に韓国のレベルを強く刻みつけました。

ソウル市は、2010年世界デザインの首都に選定されたことをきっかけに、世界的なデザインと文化の中心地として羽ばたき、韓国、そして世界をデザインし、さらには未来をデザインすることを目指しています。

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