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[2015] 市長挨拶


「ビジネスしやすい都市」を超えて 「働きやすい都市」へ

ソウル労働権益センター開所式 日付 2015年2月24日 | 場所 ソウル労働権益センター 皆様、こんにちは。お会いできて嬉しいです。ソウル特別市長パク・ウォンスンと申します。ソウル労働権益センターの開所式を心からお慶び申し上げます。本日をきっかけに、ソウルの労働者の未来がより明るくなるであろうと確信しております。 労働は我々の生活の源であり、我々社会の根幹となるものです。社会の様々なところで汗を流しながら黙々と働いてきた労働者がいたからこそ、これほどまでに発展することができました。労働者が健康であってはじめて、市民が幸せになり、ソウルが幸せになれると思います。 しかし、これまでのソウルの労働環境は、そう明るいものではありませんでした。動労者3人に1人は非正規労働者であり、最低賃金も保証されない労働者が22万人に達しています。また、若者と高齢者の雇用は、ますます不安定で劣悪なものになっているのが現状です。 このようなもどかしい現実を改善するために、ソウル市は「労働行政」という概念を取り入れて、自治体としては初めて労働政策課(2012年)を新設し、公共部分における非正規雇用約5,625名を正規雇用に切り替えましたし、2018年からは約1,700名を追加で正社員化する計画です。また、労働者らの人間らしい生活を保障するために、ソウル市の物価水準を反映した「ソウル型生活賃金制」を今年から本格的に施行する計画です。 また、中央政府と差別化・特化したソウル型労働政策を開発し、地方政府労働政策の先行モデル創出と民間部門への拡大誘導を柱とする、「ソウル市労働政策基本計画」を立てています。特に「動労者保護ガイドライン」を策定し、公共分野及び弱い立場の労働者らの労働条件を守る手引書として活用するようにします。このような一連の計画を、弱い立場の労働者に対するソウル労働権益センターの専門的な調査と政策研究を基に、本格的に推進していく所存でございます。 今、ソウルは「ビジネスしやすい都市」を超えて、「働きやすい都市」へと飛躍するための第一歩を踏み出しました。「働く市民が幸せなソウル」、「労使が協力し、ともに発展できる共存のソウル」、「労働者が尊重されるソウル」を作りあげる上で、ソウル労働権益センターにそのけん引役をお願いしたいと思います。ソウル労働権益センターが弱い立場の労働者らの権益を守り、福祉増進において大きな活力となり、人間らしく働ける労働環境が守られ、流した汗に対する正当な対価が支払われる労働と幸せな暮らしをともに支えていただきたいと思います。ありがとうございました。
SMG 963

地方政府と地方議会は車の両輪

第1回 ソウル市議会 国際カンファレンス 日付 2015年2月10日 場所 ソウル市庁多目的ホール こんにちは。皆様、お会いすることができて嬉しいです。ソウル特別市長のパク・ウォンスンと申します。チョン・イファ国会議長、そしてパク・リェハク議長をはじめとするソウル市議会議員の皆様、ウルリヒ・カルペン世界立法学会副会長、チョイ・マサ元シアトル市議員、アンカラ、北京、バンコク、ウランバートル、ハノイからお越しくださった議会関係者の皆様、全国各地からお越しくださった地方議会議員の皆様と関係者の皆様にソウル市民を代表して歓迎と感謝申し上げます。 同時に、「財政健全性のための地方議会の役割」をデーマに論議する第1回ソウル市議会国際カンファレンスの開催を心よりお祝い申し上げます。 地方政府と地方議会との関係は、「車の両輪」に例えられることが多いです。これは地方政府と地方議会が住民にとっては必ず必要な存在であると同時に、互いに協力しなければ前進することができないという意味を持っています。住民の生活と密接な関係にある地方政府の役割が大きくなっていくにつれて地方議会の役割も重大になっています。 大韓民国の地方自治は30年ぶりに復活して今年で24年目を迎えています。人に例えれば、成人となり、そろそろ独立を準備する時期に当たるでしょう。しかし、まだ財政や組織等、様々な面で中央政府に依存しているか、もしくは規制を受けているのが現実です。 特に、我が国の地方政府の財政状況は非常に悪いです。財政自立度は毎年減っていく趨勢ですが、その一方で福祉、安全等、地方政府が支払わなければならない予算は毎年大幅に増加しています。したがって地方財政の危機と見ている方もいらっしゃいます。この根本的な原因は国税に偏っている租税体系にあります。現在国税と地方税の比率は8:2ですが、中央と地方の税出の比率は4:6です。地方政府が必要とする財政を中央政府に依存するしかない構造になっています。少なくともOECD先進国のように、国税と地方税の比率が6:4になって初めて地方政府が住民に円滑な行政サービスを提供することができます。 海外でも経済不況と福祉支出の増加等で多くの地方政府が財政危機の状態にあります。ある国では地方政府が破綻する事例までもありました。地方政府の財政健全性の問題はある一つの国家だけが経験する特殊な問題でなく、世界各国に共通している現状です。どうか本日お越し下さった皆様が地方財政の危機を克服できるよう様々な方案について深度ある論議と慧眼を集めてください。 本日、この場には海外からも多くの方々がお越し下さいました。ソウルは一年に1,000万人以上の外国人が訪れる世界的な観光都市です。特に、ここソウル市庁の周辺にはソウルの真面目を感じることができる名所が多いです。朝鮮時代の王宮だった景福宮をはじめ、その北側には韓国固有の家屋である韓屋が保存されている北村韓屋村、横町の情趣が感じられる西村は行って見る価値がある場所です。ソウル市はこのようにソウルならではの歴史や伝統、生活のストーリーがある場所を探し、ソウルのストーリーを作って皆様に紹介しています。皆様、大変お忙しいとは存じますが、少しでも時間を作って周囲を見回しながら余裕を満喫し、素敵な思い出を作ってください。 第1回ソウル市議会国際カンファレンス開催を改めてお祝い申し上げます。これからも地方議会レベルでの活発な国際交流が続き、地方財政問題について国内はもちろん、海外都市との協力と活発な論議の場が持続的に設けられることを希望します。ありがとうございました。
SMG 1,610

新しい歴史、新しい未来を共に開いて行きましょう

早稲田大学講演 日付 2015年2月1日 場所 早稲田大学 こんにちは。皆様、お会いすることができて嬉しいです。ソウル特別市長のパク・ウォンスンと申します。講演に先立ちまして、まずISによって犠牲となった湯川遙菜氏と後藤健二氏のご冥福をお祈りいたします。日本国民皆様の衝撃と苦痛、悲しみを共にすると同時に、深い慰労を申し上げます。私は今回「都市安全」をテーマとして日本を訪問しましたが、対テロ対策についても都市間に共助し、協力して市民たちの安全を強固に守ることができるように努力していきます。 光復と戦後70周年、韓日国交正常化50周年となる2015年に初めての海外歴訪訪問地として日本に来ることができて非常に意味深いと思っております。何よりも日本最高の名門大学である早稲田大学の学生たちと東京の市民たちの前に立つことができてとっても嬉しく、また光栄に思っております。 早稲田大学は日本の伝統ある名門私学です。海部俊樹元総理、小淵惠三元総理、森喜朗元総理をはじめ、7人の総理を輩出し、数多い企業の最高経営者はもろん、韓国にも多くのファンがいる「ノルウェーの森」の作家、村上春樹等を生んだ名実ともに政治と経済、学問と知性の象牙の塔です。 私も過去早稲田大学を見学したことがあります。2000年9月から11月まで3か月間、日本の市民社会を見聞する機会がありましたが、当時早稲田大学は最も印象深い場所の一つでした。私は早稲田大学の長い歴史と由緒深い学問的な伝統が与えてくれる学風と気品に大きな印象を受け、500万巻余りに至る書物を所蔵する図書館の威厳に驚きました。当時韓国では市民運動家としての道を歩んでいた私は、国と国境を越え、普遍的な価値と規範を追求する市民運動家の観点から日本と日本の市民社会を学ぶために日本の隅々までを注意深く観察しました。当時お会いすることができた日本と日本人たちに対する所感、日本の市民社会をインタビュー調査した結果は韓国と日本で本として出版されました。 日本の様々な政治家と市民団体の活動家たち、そして市民たちから受けた印象を一言で言えば、真剣さとそれが与えてくれる感動でした。私が日本の社会で発見したのは生きている地域社会と地域運動であり、市民一人一人の良心と努力、献身が集まって西洋社会の法律に基づいた公共社会とは異なる堅固な共同体をなしていること、個人と集団の誠実性に基づいた伝統と協同の力が生きているということでした。 特に、徹底的に地方分権を基に小さなことから大きなことへと変化を導く日本の市民社会の活動と力はその後私の市民社会運動にも大きな霊感を与えてくれました。 日本で最も頻繁に使う言葉の中では「町づくり」という言葉がありますね?健康に生きている共同体、活力のある地域社会を作るための「町づくり」は本当にうらやましくなるような対象でした。 皆様、私は韓国の地方自治体の長としては珍しく日本のことをよく知っている市長です。日本を頻繁に訪問して、日本全国を回り取材した経験があるだけに日本のことをよく知っています。あの絵をご覧になればわかると思いますが、ほぼ日本全国を回ったとしても過言ではありませんね? 私は今も日本を訪れる時はまるでソウルのある町から他の町へと移動する「市内バス」に乗ったように気軽に来ています。ソウルから東京までが2時間しかかからないから韓国や日本で国内を移動するよりもはるかに近いでしょう。韓国と日本、ソウルと東京は時間的にも空間的にもこれほど密接な関係にあります。もちろん情緒的にもそうですね?そうでしょうね? 日本では「遠 くの親戚より近くの他人」ということわざがありますね?韓国でも同じように「隣は親戚」ということわざがあります。韓国と日本は本当に近い隣国という意味です。 しかし、これほど近いだけに愛憎の関係もありました。歴史的な悲劇があった時期もあり、直視しなければならない過去と、共に解決しなければならない過去史も厳存しています。 しかし、韓国と日本はまた1,500年余り以上の歳月の間、共に交流して協力してきた歴史と様々な思想と文物を伝播、伝授しながら共に互いを学んできた共存の歴史があります。2002年の韓日ワールドカップも私たちは共に成功的に開催することができました。 同じような顔をしており、生活やシステム、法律も似ています。世界の人々は韓国人と日本人を区別することが難しいようです。同じような問題も抱えています。高齢化、低出産、青年失業、都市再生、エネルギー問題等は韓国と日本が共に抱えている問題でありながら、共に克服しなければならない懸案です。 私は全地球が運命共同体になった21世紀に、似たようなものが多い韓国と日本が開かれた心を持って共に協力し、共に力を合わせれば、必ず新しい歴史を約し、新しい未来を開いて行けると思っております。 持続可能な未来への道、エネルギーと環境への道、共通の都市問題を解決し、未来の食材を準備する道へと共に顔を合わせて、共に力を合わせれば、新しい歴史と新しい未来への道は私たちの前に大きく開きます。その出発点が「都市外交」です。 21世紀はローカル・トゥ・ローカル、ピープル・トゥ・ピープルの時代です。国家を超える小さな実践が集まれば国家が解決できなかった問題、外交で乗り越えることができなかった問題を解決する糸口を探ることができます。 去年7月に行われた舛添要一東京都知事のソウル訪問は、国家間都市外交の新しい扉を開いた象徴的な訪韓でした。韓国の言論も舛添知事の訪韓を大きく取り上げる等、大きな関心を示しました。さらに舛添知事の訪韓はその象徴制を超え、ソウルと東京間の実質的な交流事業の増加と関係増進に繋がりました。 都市の安全や災難救助の活動を共にして、観光・文化分野の交流・協力を積極的に展開して行き、大気質の改善と気候環境に共同対応する等、過去どの時期よりも積極的で活発な疎通と交流が行われています。 このように排他的な国家利益の追求を超えた都市と都市、市民と市民間による多層的で中層的な連帯と協力は、結局、国家間の葛藤と問題を解決していく出発点になります。 このためには、何よりも互いの「疎通」が重要です。私はアリストテレスが言った「人間は社会的な動物である」という言葉は二つの意味を持っていると思っております。人間は疎通する存在であり、協力する存在だという意味でしょう。「私たちは協力するために生まれついたのであって、たとえば両足や、両手の場合と同様である(マルクス・アウレリウス)」の言葉もあるように、人間は確かに疎通して、協力する社会的な存在です。したがって私は本日の講演のテーマである「疎通の力」、ソウル市の新しい「疎通市政と都市外交」を通じて21世紀都市の時代を生きている私たちがどのように都市問題を解決していくか、なぜ疎通が重要で協力が重要か、疎通と協力がどのような結果をもたらすかについて、私が歩んできた生活の道とソウル市の政策事例等を基に申し上げようとします。それと同時に、ゴローバル時代の都市外交の方向と韓日間の都市外交の新しい模索について共に論議して討論する時間も持つようにします。 皆様、今世界は非常に速い速度で「都市化」が進んでいます。国際連合によると、今日世界人口の半分が都市に居住しており、2050年になるとこの数字が70%に迫ると予測されます。また2020年まで人口1,000万以上の大都市が新しく12都市生まれると見られています。 人々はより良い雇用、より良い生活環境を探すために都市に集まります。多くの人々が都市へ移住したため、都市は創意性、開発、革新の強力なハブに変貌し、人類の最も偉大な発明は都市を中心になされるようになりました。 都市の経済的な成功と豊かさの裏側には貧困、公害、環境、エネルギー、住居、交通、犯罪、雇用等のような様々な難題が隠されています。私たちが今日直面している多くのグローバル問題が実は都市から始まりました。そのため都市は変化と革新の主役にならなければなりません。 人口一千万の大都市であるソウルも都市化の問題を抱えています。ご存知のように、韓国は世界的にも前例のないほど速い高速成長、圧縮的な成長を実現しました。産業化と民主化という近代化の業績を短期間に達成し、「ハンガン(漢江)の軌跡」を作りました。その中心には韓国の首都ソウルがありました。 ソウルは1950年の朝鮮戦争直後としても最悪に近い環境に置かれていました。道路、上下水道は全然足りなく、非衛生的で伝染病まで猖獗を極めていました。当時、一人当たりのGNPは82ドル程度で失業率は非常に高かったです。そのようなソウルが約30年で世界的な水準の都市に成長しました。「ソウル市政10カ年計画」、「ソウル都市基本計画」等、官と専門家が主導する推進システムによってソウルは速くて効率的な都市化を達成し、インフラの構築と都市拡張に成功しました。 しかし、高速成長という輝く成果の裏側には副作用や葛藤等の影がありました。地域不均衡と階層間の葛藤、都市の乱開発と環境汚染等は無視できない、黙認できない眼前の懸案として登場しました。 また、安全、福祉、教育、保育、失業、格差社会、エネルギー、自殺、超高齢化、低出産、犯罪等、多くの問題が山積しています。それではソウルはこのような問題をどのように解決しているでしょうか。 3年前、ソウル市長に就任した私は「人と関連する全ての問題は人だけが解決できる」という話のように、結局私たちの全ての問題は私たち皆が集まって共に方法を探し、解決して行かなければならないと思いますた。 したがって私はソウル市長就任の弁として「市民の皆様が市長です」という旗幟を揚げ、「市民の生活を変える市長になる」と宣言しました。私はこれを原則として市民と共に協力政治を実現し、ソウルの市政を新く革新しています。ソウル市の力だけでなく、市民・専門家・企業等、民・官・企業が疎通、参与、ガバナンスを通じて顔を合わせて、共に問題を解決しています。 「革新」にも拍車をかけました。私はソウル市長に就任するとすぐ韓国の地方政府としては初めて「ソウル革新企画館」を新設して行政革新を図り、「葛藤調整官」という職位を作って一千万市民の理解と葛藤を最小化するために努力しました。 行政革新の核心は断然、「市民の皆様が市長です」というモットーを実現することでした。したがってソウル市の全ての革新は結局、市民と共に夢を見、共に作り、共に享受するソウル、共に幸せな生活の特別市を作ろうとした道でした。このような観点からソウル市は根本的な行政のパラダイスを変えています。 重たい官僚主義の服を脱いて、テーブルの上で想像するだけの卓上行政から脱皮し、市民中心の市政、市民の皆様が市長である市政、現場主義の市政を展開しています。これがいわゆる「ウォンスン氏スタイル」と呼ばれるソウル市の疎通行政です。それではソウル市の疎通行政はどのように展開されているでしょうか? 疎通に成功するためにはまずよく聞かなければなりません。したがってソウル市は官庁の「庁」の字でなく、聞くの「聞」を使って市民の声を聞く「聞策討論会」を頻繁に開催しています。処理すべき懸案や未来の政策を作る時にはまず市民を支えて市民の声を聞きます。そして市民の意見を綿密に検討してソウル市の政策として作ります。 私の就任以降、今年1月まで「超微細ほこり対応方案」等を含む合計90回余りの聞策討論会に一万2,000人余りの市民が参加してくださって、これはそのままソウル市の政策につながりました。また、専門家たちと共に討論する「熟議」は、ソウル市の政策をより一層専門化し、同時に反対の意見まで吸い上げる公論の場となっています。 「百聞は一見に如かず」という言葉のように、現場で直接市民と会い、市民の意見を直接聞いて体験することも非常に重要な市政の原則です。私は市長に就任してから現場の問題を解決するために、現場で宿泊しながら市長室を設ける「現場市長室」を運営し、合計120回余りを超えて現場を訪問しました。最初に葛藤の現場を訪れた時には市民たちから胸ぐらをつかまれそうになったこともあり、「辞任しろ」とやじられたこともあります。しかし、その方々の意見を聞き、共に対策を模索して行くと、その後にはむしろ「市長のファンになった」と言ってくださった方もできました。私はこのように現場に行けば問題解決に一歩近づけることがでるため、「現場に答えがある」と思っております。 ソウル市は全ての情報の開放、公開、共有を通じて市政の透明性を高め、責任性を強化する行政革新も実現しました。「開かれたデータ広場」の3,672個のデータセット、行政情報公開自動システムによって公開された351万件余りの行政情報は今やソウル市民であれば誰でも閲覧し、活用することができる新しい情報と価値創出の場となっています。 モバイル市民時代に相応しく、スマートフォンを始めとしたオンライン疎通の道も大きく開きました。SNS革新行政は実に光の速度、光速行政の時代を開きました。市長である私のSNSフォロワーはツイッター100万人を含めて150万人を超えており、私のSNSは世界市民の誰にでも開かれている苦情の場だけでなく、政策公論のアゴラとなっています。今ここで私のフォロワーがいらしゃいますか?もし今フォロワーリクエストを送れば、私がすぐ受け入れます。 2012年のある日、私のツィッターに飛んできた苦情です。「尊敬するソウル市長、私はソウル市内バス○○企業で勤務しているバス労働者です。○○企業のバス労働者たちは今も会社の常習的な賃金の未払いで困っています。必ず解決してください。」私はこのツィッターをすぐソウル市交通本部に知らせました。 そして4日後、再び私のツィッターに飛んできたその方からのメッセージです。「パクウォンスン市長、ありがとうございます。昨日未払い賃金が入金されました。300余りのバス労働者たちが感謝していおります。こんなに早く解決されるとは期待もしなかったですが、今回の子どもの日には子供たちにとって堂々としたパパになります。」皆様、ソウルの今の姿です。 これだけではありません。「市長、地下鉄の駅で用意されている車椅子が故障しました」、「家の前の歩道ブロックが壊れて不便です。」、「生ゴミ箱から変な匂いがします。」私はこれら全ての市民の声を見ると直ちにソウル市の当該部署の職員に知らせます。市民の小言や苦言は近いうちに笑い声に返ってきます。 このようなメッセージもあります。「私、今ちょっと感動しちゃった。小学校前の電話ボックスが大変危険な状態のまま何年間放置されていたから、私が撮った写真をソウル市長に送って見たら約2週間ぶりに撤去されたの。まさか私の写真を見たかと思ったが、今日返事をもらったの!私の写真見たって!ウワー、私が世界を動かすなんて!市長、本当にありがとうございます。私の小さな意見がこのように市政に反映されるとは想像もしなかったです。まるで私が市長になったようです。」市民たちからこのようなメッセージをもらうたびに私はたとえ体と心は疲れているとしても「ソウル市長になってよかった」と思います。市民の幸せが私の幸せです。 ソウル市はこのように市民と疎通しながら「協力政治」と「革新」を活かして「ソウルの夢」を一つずつ実現しており、都市の問題を一つずつ解決しています。したがって私が口癖のように言っている「協力政治」と「革新」は、ソウルの夢を実現してくれる両翼になるという話は決して過言ではありません。 エネルギーと環境問題に積極的に対応する「原発1基削減」事業も市民たちと共に疎通して協力しながら実現した成果でした。2011年、日本の福島原発事故は安全で持続可能なエネルギーに対する関心を呼び起こし、地方で生産された電力がこなければ都市の機能が麻痺されるしかないソウルとしてはエネルギー政策について省察する契機となりました。 ソウル市は市民と共にエネルギー危機の克服について悩みました。どのようにすればエネルギーを節約することができるか、どのようにすれば化石燃料エネルギーでなく、環境に優しいエネルギーを使用できるかと、研究して討論して顔を合わせました。皆が不可能だと思っていた原子力発電所1基の発電量200万TOE削減を目標とした「原発1基削減」事業はそのように誕生しました。エネルギー生産、効率化、節約という3大分野を中心に、未来の世代に与えられる最高のプレゼントである「原発1基削減」は、不可能を可能にしようとする信頼と責任感が巻き起こした一大の事件でした。 市民たちは家庭と学校で太陽光の設置に積極的に参与して「太陽光発電所」作りに参加してくれました。エネルギー節約に対してインセンティブを支給する「エコマイレージ」は170万人が加入して家庭で、学校で、職場でエネルギー節約を生活化しました。私たちの未来世代である子供、青少年もエネルギー守護の天使となり、エネルギー節約の先頭に立ちました。地球が休めるように毎月22日、1時間ずつ「幸せな火をオフにする」運動にも多くの市民が参加してくれました。市民たちの認識が次第に変化し、参与と参加が拡大されました。「ちりも積もれば山となる」という言葉は次第に現実になってきました。 2014年6月、ついに市民たちの積極的な参与の結果、当初の計画より6ヶ月も早い時期に200万TOE節減という目標を達成しました。不可能に見えた夢を実現しようとする熱情がソウルをエネルギー自立都市への夢に一歩近づけてくれました。 世界中から賛辞が寄せられました。国際連合の公共行政賞、WGBC(World Green Building Council)気候変化リーダーシップ賞、世界自然基金(WWF)、C40-シーメンス都市気候リーダーシップアワード等がソウル市の「原発1基削減」事業に注目し、これを記念する賞を与えました。「原発1基削減」事業は地方自治体という限界にもかかわらず、制度の改善と独創的な事業によって地域エネルギー政策の成功的なモデルを提示したという評価を受けました。 ソウル市の「原発1基削減」事業は現在国内の自治体はもちろん、世界国際機構や様々な都市の学習対象となっています。ソウル市は今や「エネルギー所費の都市」から「エネルギー生産の都市」に転換するために「原発1基削減第2段階」事業を始めます。「原発1基削減第2段階」が成功すれば、ソウルの電力自立率は20%まで上り、400万TOEのエネルギーが節減され、1,000万トンの温室ガスが減ります。エネルギーと環境に対する大都市の責任はこれから我が社会を一層持続可能な未来への道に導いてくれます。同時に、次の世代から借りている地球を次の世代にこのまま譲る唯一の道になります。 これ以外にもソウル市は「町共同体」事業、「共有都市」事業、「都市再生」事業等、数多い政策を市民と共に疎通しながら展開しています。このような政策はソウルという大都市が直面している様々な問題を解決し、共に生きる都市、持続可能な未来のある都市への転換を導いてくれます。...   Read more
SMG 1,805

いきいきとした豊かな都市へと導く 都市再生 都市と行政を市民に返します!

「ソウル駅7017プロジェクト」記者説明会 日付 2015年1月29日 | 場所 ソウル市庁ブリーフィングルーム お会いできて嬉しいです。本日、私は全世界の都市で都市の富と健康、持続可能性に対する答えとして取り上げられている都市再生、その中でもソウル都市再生のスタートになる「ソウル駅7017プロジェクト」についてお伝えし、これをともに成し遂げていくために社会のより多くの分野、構成員たちと、より積極的なコミュニケーションを始めたことを、記者の皆様に申し上げたいと思います。 私は今年の民選6期のソウル市長選挙で、ソウルの進むべき道は「都市再生」であると宣言しました。ソウル駅高架はソウル都市再生のシンボルであり、「車両の道」から「人の道」に、「ただ通り過ぎてしまう空間」から市民たちが「留まる空間」に生まれ変わらせることを、市民の皆様にお約束しました。 本日この場で、これまでの議論の経過や現在の悩み、市民たちとともに描いていく未来を、具体的な内容とともに記者の皆様に申し上げたいと思います。皆様も一緒に作る「ソウル駅7017プロジェクト」に向けて、たくさんの助言をお願い申し上げます。 私たちは、ソウル駅を中心とする地域活性化に対し、長く悩んできました。特に、ソウル駅高架に関する議論は、2006年から始まりました。45年間ソウル市民と栄辱をともにしたソウル駅高架は、急激に老朽化しました。 2006年12月に安全性評価結果でDの判定を受けて撤去が決まり、2008年には北部の駅勢圏開発と連携して、代替橋梁の設置や撤去時期を決定したりもしました。しかし、2014年1月に床面のコンクリートが落下し、安全性に深刻な問題が提起されました。ソウル駅高架は寿命が尽きたのです。早期撤去を検討しながら、古くからの問いを再び投げかけました。撤去することだけが正解だろうか? 他の世界有名都市のように、都市再生を図ってみることはできないだろうか? これまで構造安全性やデザイン、事業効果分析などの専門家の検討結果を経て、再生が可能という判断を下しました。申し上げたように、ソウル駅高架リサイクル方案を、民選6期の公約に採択しました。これを市政運営4ヵ年計画に反映し、去る2014年9月都市再生の代表的な模範事例であるニューヨークのハイラインパークで、記者の皆様と市民の皆様を対象にソウル駅高架リサイクル方案を提示したことがあります。 ソウル駅高架の活用案についての議論過程で、市民とマスコミがおっしゃった、特にナムデムン(南大門)市場の商人やチュンリム(中林)洞、フェヒョン(会賢)洞などの周辺地域住民たちの懸念について、よく理解しております。今まで一緒に案を講じるために、ナムデムン市場の商人及び周辺地域住民たちと面談し、市民討論会や専門家フォーラム、事業説明会、アイデア公募展を開催するなど、様々な努力を尽くしてきました。もちろん、困難もたくさんありました。専門家フォーラムが反対市民の強力な抗議で、白紙に戻されたりもしました。しかし、ソウル市は経験によって知っています。このような反対意見を、もっと大切に聞くことが必要であるということです。 立場の異なる様々な意見を最後まで聞くことが、答えを見つける最も良い方法であることを知っています。そうして見つけた答えは、行政の効率性と持続性を保証することができるからです。関連区議員、区庁長、市会議員及び生計が直結しているナムデムン市場の商人や周辺地域住民たちと、地道に面談を重ねました。これからもその声に耳を傾けてまいります。 今までコミュニケーションをとった結果をもとに、争点事項を導き出しました。多くの方がコミュニケーションの問題を提起され、交通や安全性の問題など、様々なことについて心配していらっしゃいました。その中でも、コミュニケーションの不足を、最も大きく指摘されました。コミュニケーションが不足しているという指摘と批判を謙虚に受け止め、皆様の声にさらに耳を傾けてまいります。例えば、新年の日の出イベントをチェ・チャンシクチュン(中)区庁長とともに行い、その日はトッククを食べた後、チュン区庁の他の方々と一緒に集中的に議論をしました。またお会いして報告し、相談に乗っていただきたいと思います。 今後、さらに市民中心のコミュニケーションを強化させて頂きます。地域住民、市民、専門家、関連区庁がともに行う、開かれた意思決定システムの市民委員会を運営し、オーダーメイド型の代案を設けてまいります。特に、高架の再活用を考える市民社会・青年ネットワーク組織である「高架散歩団」は、ソウル駅高架の市民開放イベントとアイデア公募展を企画し、参加しました。また、近隣の建物主との協議を主導するなど、市民主導のコンテンツを生産して共有し、広げる中で重要な役割を果たすものと期待しています。また、高架フォーラムと高架レポート、高架パーティーでつながる有機的なプログラムを施行します。ソウル駅高架に対する市民の愛情や関心の度合いを高めるほど、もっとたくさんの話を聞かせてくれると信じています。市民主導型、市民参加型モデルを構築してまいります。ナムデムン市場、フェヒョン洞などに地域別の現場市長室を運営し、私が直接政策討論会や市民大討論会など各界各層の意見をまとめて、2015年5月に具体的な計画を再度発表します。専門家ともコミュニケーションをとります。国際建築設計コンペティションを通して、国内外の著名な専門家のアイデアを集めます。設計の具体化のための下絵として使用します。 少し前にご覧いただいた国際建築設計コンペティションには、国内の著名な建築家や専門家たちが入っています。こんなに多くの方々がソウル駅高架について様々な意見を持っており、また一部では反対する方々がいらっしゃるのが事実です。それにも関わらず、なぜソウル駅高架が再活用されるべきなのか、それがソウルの中で、ソウル市民の生活でどんな意味を持っているのか、またどうやって生まれ変わるのかをお話ししようと思います。 今、全世界の都市は都市再生と人中心の時代に移っています。全世界的に都市のパラダイムが変わってきており、メガシティからメタシティに変化しているのです。歴史的記憶のない美しさは、存在できないからです。 ソウルは、開発から再生に転換しなければなりません。記憶の保存が必要な時です。単純なランドマークの建設から脱し、連携を通じた共有価値を実現すれば、さらに良い人生と都市の付加価値につながるでしょう。 世界の多数の都市は老朽化したり、衰退した既存施設を撤去せずに再活用し、既存の物質中心の都市開発から脱して持続可能で人間のことを考える都市再生を追求しています。閉鎖された都市鉄道を公園として再活用したニューヨークハイラインパークは、周辺商圏を活性化させました。フランスのプロムナード・バイロンプロジェクトも、線路の3分の1を残して散策路にしました。地下の閉鎖空間を地下公園にしたニューヨークのロウラインパークもあります。まだ完成はしていませんが、ニューヨークの新しい観光名所として、人生の名所として誕生することが明らかです。閉鎖鉄道を船形公園として再生したフィラデルフィア・リーディングヴァイアダクトもあります。これだけではありません。車が速度を出すことのできる地域ではなく、歩行が活性化した地域になってこそ、経済的に発展できるというのが専門家たちの普遍的な意見です。 英国のジュビリーウォークウェイは、ロンドンの主要なランドマークを連結して、ロンドンの主要観光地間を10~15分で徒歩移動ができるようにしました。日本の横浜の開港の道は、歴史的資源を歩行専用の散策路として活用し、観光資源化することに大きく貢献しました。都市、海、建物をすべて連結しました。こうした海外事例は、私たちにとって重要なヒントになり得ます。このような点を反映して、民選6期の政策を昨年発表しました。 民選6期のソウル市は、プカンサン(北漢山)からチョンミョ(宗廟)やハンガン(漢江)を結ぶ道を完成させ、22の城郭村を再生する都市再生政策と、自動車中心から人中心の都市として変化する歩行友好都市政策を推進しています。ソウル駅高架は、この政策的な絵の一部分です。ソウルの関門であるソウル駅を中心に、周辺地域をするソウル型都市再生の大きな絵を描いていきます。ソウル駅高架が再生されれば、ソウル駅とナムデムン、ミョンドン(明洞)をはじめ、周辺の様々な文化空間とハニャン(漢陽)都城を実質的に連結する媒介になるでしょう。 ソウル駅は、私たちの歴史文化財です。ソウル駅は、どんな思い出がある空間ですか? 1970年代の私たちのお姉さんとお兄さん、お父さんとお母さんが豊かに生きようとする熱望一つで、田舎からソウルに震える第一歩を踏み出した場所です。私も1973年の冬に、鞄一つ持って上京しました。1980年代は、市民たちの熱い民主化への熱望が溶岩のように噴出した空間です。韓国近現代史の核心的な場所であり、ソウルの関門でもある、ソウルという都市の近代性を象徴しています。 しかし、結局は孤立されてしまいました。ヨーロッパの都市の駅は、あえて例を挙げなくてもいいほど都市の一部に溶け込んでおり、都市発達の歴史となりました。しかし、現在ソウル駅は島のように孤立しており、長い時間の力も、「1日の利用客39万人」という潜在力も、周辺地域に浸透していません。ソウル駅と周辺地域との通行の不便は、文化の断絶と地域の衰退をもたらしています。ソゲ(西界)洞からソウル駅を経てナムデムン市場までは3つの信号機、6回の横断歩道の利用などで最大25分かかります。ソウル駅による周辺地域の断絶は深刻な状況です。 ミョンドン、スンニェムン(崇礼門)、ナムデムン市場、カトリック・ヤキョン(薬峴)教会、韓国銀行などのソウルの観光スポットは、ソウル駅によって断絶され、その相乗効果が発生していません。また、ソゲ洞地区単位計画、国立劇団の敷地計画、ソソムン歴史文化公園などの計画が、それぞれ個別的なレベルで推進されています。これからは変化が必要です。ソウルの関門としてソウル駅のアイデンティティを回復し、断絶された都市空間を統合して周辺から駅を含む統合再生の媒介体として転換が切実な時です。 今後は、ソウル駅高架を周辺地域再生と復興の信号弾として活用しなければなりません。ソウル駅高架を通じて人々が集まり、その人々が留まって、その人々が活力にならなければなりません。そしてその活力が周辺に広がっていかなければなりません。1970年に作られたソウル駅高架は、2017年に都市再生という顔でまた生まれ変わります。産業化と民主化の象徴となる近代化の時間の中で、持続可能な未来のための道を開き、新たな時間を開きます。そして、その道は人の道になるでしょう。1970年代の通り過ぎてしまう自動車の道から、留まって存在する17本の人の道として生まれ変わります。ソウル駅高架は、どの都市の施設物より魅力的な高さと位置、展望を持っています。高さ17mのソウル駅高架は、ソウル駅一帯を高付加価値のエリアとして作る都市再生の触媒になるでしょう。 この17本の人の道は、トェゲロ(退渓路)、ハンガンデロ(漢江大路)、ソウル駅広場、北部駅周辺、マンリ(万里)洞周辺の歴史・文化・ショッピングを連結する、新しい徒歩観光コースになります。これと連携してナムデムン市場の活性化、北部駅勢圏の活性化、チュンリム(中林)洞などの立ち遅れた地域の再生などを総合的に推進します。低迷しているナムデムン市場一帯への新たな活力を模索するため、ナムデムン市場総合発展方案を2016年までに策定します。ナムデムン市場を密かに訪れて隅々まで見たことがあります。このままなら時間の問題で、衰退は避けられない状況です。変化と再生が必要であり、活性化が必要です。衰退するナムデムン市場を再生して活性化します。トェゲロ周辺は、留まる人が増えて通過する自動車は減るでしょう。車線を調整してスペースを確保し、このスペースを観光バス駐車スペースと操業車両スペースとして活用します。そうなれば、ナムデムン市場の商人たちはかなり便利になるでしょう。 ソウル駅高架のD級判定後になくなった、6つのバス路線を生かして、空港バスを新しく投入します。シティツアーバス経由など、公共交通機関を大幅に増やします。より多くの人がナムデムン市場に流れるようにします。立ち遅れた地域については地域別の土着産業を活性化し、地区単位計画、チュンリム洞清掃車庫地の移転などを積極的に支援し、ソウル駅一帯の総合発展計画も一緒に立ててまいります。 チュンリム洞の清掃車庫地は美観上の問題があり、臭いのせいで地域からの苦情が多いです。この問題が完全になくなって、この地域が芸術活動の本拠地となれば、全く新しい姿に生まれ変わります。ソゲ洞もナムサン(南山)の展望が良いですが、今はとてもくたびれて老朽化しています。ソウル駅と関連してみると、新しい変化とコンセプトが必要な状況です。国立劇団の敷地があるのですが、交通の断絶などで光が当てられずにいます。これからはソウル駅高架による完全に新しい姿を探します。この地域で防災産業が再活性化されるよう、色々と工夫します。北部駅勢圏と関連し、ソウル市とコレイル、民間事業者が協力体系を構築して、都心圏マイス産業の拠点として育ててまいります。ヨンドン(嶺東)圏国際交流複合施設とともにマイス団地として育ててまいります。 ソウル駅高架の再活用は、歩行人口の大幅な増加をもたらし、ソウル駅と週辺地域の連携性を拡大するでしょう。これを通じて建物とナムサンが連結して、周辺商圏も再跳躍する機会を迎えることになります。新たなソウルのグリーンベルトが構築されることを期待しています。 2014年にソウル研究院と大韓国土都市計画学会が行った、妥当性調査の経済性分析結果は1.83で、発生する便益の方が生じる費用より大きいと分析されました。ソウル駅高架を利用すれば、ソゲ洞からナムデムン市場まで歩行環境が改善され、徒歩の移動時間が最大14分まで短縮されます。そうすると周辺地域の歩行人口が増え、ナムデムン市場、ミョンドン、マンリ(万里)洞文化観光特化通りなどは、売上増加が見込まれます。ナムサンとトクスグン(徳寿宮)、イヌァンサン(仁王山)、ヨンサン(龍山)公園など、グリーンベルトの効果も生じるでしょう。ソウル駅高架の利用車両の約60%が、単なる通過目的の車両です。ソウル駅高架の再活用によって予想される交通渋滞を予防するため、迂回経路の事前案内システムを設けます。近距離の迂回経路も作ります。チュンニム(中林)洞とヨムチョン(塩川)橋交差点を改善し、チルペロ(七牌路)車道を再分配するなど、都心の東・西方向の幹線軸を補強するようにします。また、北部駅勢圏と連結して鉄道横断橋梁を設置するなど、様々な交通対策を講じます。老朽化したソウル駅高架については、コンクリート地面を変えて柱を補修・補強し、安心できる高架として生まれ変わらせます。安全事故予防のための対策も検討します。 ソウル駅高架の潜在力は無尽蔵です。ストリート公演場及びイベント会場、散歩スペース、雪ゾリ場、簡単な健康管理スペースなど、様々な空間として活用されるでしょう。市民の皆様と一緒に作ってまいります。市民の皆様にアイデアを募集したところ、すでに多くのアイデアが集まってきました。ソウル駅高架運営戦略の基本計画を、5月までに策定する予定です。引き続き共有してコミュニケーションをとってまいります。 世界の都市は外形的成長だけを追求した開発時代から、富と健康、持続可能性に対する解答として都市再生を選択しています。今やこれは新たな発展の触発剤でもあります。その道を「ソウル駅7017プロジェクト」で始めます。都市と行政を人に戻します。それが私たちの新しい力となるのです。
SMG 795

2015年新年の挨拶

2015年新年の挨拶 「市民の暮らしに寄り添います」 – 「利用厚生」の旗を高く掲げ 敬愛なるソウル市民の皆様、親愛なるソウル市関係者の皆様! 乙未年の2015年が明けました。融合と統合を象徴する羊の年を迎え、今年一年の皆様と皆様のご家庭のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。 昨年は実に多事多難で厳しい年でした。景気後退局面に突入して久しいなか、1千兆ウォンを突破した家計負債と公共負債、高まる失業率、家賃上昇と物価上昇は、市民の暮らしを苦しいものにしています。 何よりも昨年は、悲しみと苦痛、反省の一年でした。私たちが自分自身に問いかける一年でした。私たちはいったいどこへ向かっているのか。私たちは今幸せなのか。国と政府の存在理由とは。政治とは何か。真の公職者の姿とは、という根本的な疑問を何度も投げかけました。 変化を望みました。革新を望みました。改造を望みました。人間らしい暮らしを望みました。 そして、今私たちは新年を迎えました。私は自分自身に、また私たち全員に改めて問いかけたいです。私たちはいったい市民の問いかけにしっかり答えていますか。これまでとは違う変化の道を歩んでいますか。 私がまず深い反省の念を表明します。 乙未年の年明けの朝、私は朝鮮時代を生きていた先祖の暮らしを思い起こしました。名分論と観念論に縛られすぎて戦乱に巻き込まれ、現実を直視できずに「サムジョンド(三田渡)の屈辱」を味わっても、現実を恐れて変化を拒みました。政派の党利党略と政争に明け暮れて民生を無視した政治は、民族を塗炭の苦しみに追いやりました。 新たな変化は、志を持つ数人の実学者から始まりました。「磻溪」ユ・ヒョンウォン(柳馨遠)を元祖とする「星湖」イ・イク(李瀷)や「茶山」チョン・ヤギョン(丁若鏞)といった実学者は、当代の主流政治が度外視した民族の生計問題、民生問題を経済の最優先課題に据えました。民族の暮らしを改善できない政治・学問・思想は、彼らの前に決して存在することができませんでした。身分も官職も財産も政派も重要ではありませんでした。民族の暮らしを変える革新と国家改造だけが彼らの至上命題でした。朝鮮は最終的にそれを受け入れませんでした。その結果、政治は混乱し、経済は衰退し、国は滅びました。 それから数百年経った今、私たちの姿はどうでしょうか。実学者らが夢に抱いて提示した「民生第一」と「国家改造」は、いまだに遠い時代の成し遂げられなかった出来事として歴史に綴られているだけで、私たちの現実とは無関係のままです。 理念と政争にとらわれ、貪欲と陣営の幕の中に閉じ込められ、「民生」の道、「人間」と「共同体」の道、「未来」への道へ進めずにいるのです。問題を解決すべき政治が問題の根源となっており、巨大な官僚組織の塀と壁は高くて厚いです。 真の政治と行政の道、公職の道とは、市民の暮らしに寄り添って民生問題を解決し、共同体の幸せと持続可能な未来への道を切り開くこと。それが使命であり、役目であり、責任です。 ソウル市の関係者の皆様。今こそ私たちがその幕を取り払い、市民の暮らしの中に飛び込んでいきましょう。私たちが21世紀の実学者となり、協力して民生の道を切り開きましょう。 ■ 民生を優先する「利用厚生」と「先憂後楽」の市政を展開してまいります 敬愛なるソウル市民の皆様、親愛なるソウル市の関係者の皆様。 2015年を迎えた今も、決して希望に満ちあふれているわけではありません。政府が発表した経済見通しは明るいものではなく、民生指標が好転するという期待も大きくありません。家計負債1千兆ウォンが私たちの目の前に横たわっています。 だからこそ、ソウル市は市民の暮らしに寄り添い、民生を最優先する市政を目指します。ソウル市の全精力を民生や経済、雇用など、市民の家計と暮らし、生計問題を解決することに集中してまいります。さらに、ソウル市の新たな成長、みんなが一緒に成長できるよう変化を誘導し、その恩恵を全ての人が享受する福祉を充実させる元年にしてまいります。 簡単なことではないでしょう。多くの障害が私たちの行く道をふさいでいます。しかし、私たち全員が協力するなら十分に成し遂げられると思います。私たちは、誰もが不可能だと思っていた債務7兆ウォン削減と賃貸住宅8万戸建設を同時に成し遂げました。市民と対話し、ソウル市の職員全員が一丸となり、ソウル市の問題を一つひとつ解決してきた知恵と経験があります。 この3年間、市民に寄り添う「協治」と「革新」によって、古いもの、慣行的なもの、不便なことを一つひとつ解消してきました。 原則が無原則に勝ち、常識が非常識を崩し、正常が非正常を追い払いました。対話によって葛藤を解決しました。原則と常識、合理とバランス、協治と革新の市政は、決して揺るがない市政の根となりました。 これを基に今年一年、ソウル市は市民の暮らしに寄り添い、市民の生計問題を解決する「利用厚生」という実事求是の市政を展開してまいります。 抽象的な観念や非現実的なスローガンだけの政策ではなく、実質と内容を尊重し、現場を重要視する政策を展開してまいります。市民の暮らしに変化を与え、民生問題を解決していくことで、市民の悩みを解消して市民を喜ばせる「先憂後楽」の市政を展開してまいります。 敬愛なるソウル市民の皆様。 この3年間、ソウル市は新たな変化の中心にありました。市民の暮らしを変えた最初の市長になるという誓いと取り組みが実を結び始め、市民の暮らしに変化の花が咲き始めました。 ソウル市庁で非正規雇用の清掃員として働くイ・ギョンジャさんは、念願だった正社員になりました。65歳まで定年が保障される正規雇用となり、「準公務職」と書かれた名札を受け取って涙を流しました。暮らしに大きな変化が訪れたのです。同じ立場にあったソウル市職員約7千人が同じ喜びを味わいました。 脳卒中を患っていたイ・ジョンジャさんも、新たな暮らしに希望を見出しました。一般の医療機関に長期入院しても介護者を雇う費用を賄えず、しっかりとした治療を受けられないでいましたが、ソウル医療院の患者安心病院に移って以来、健康にも暮らしにも希望を見出しました。患者安心病院を受診した約9千人の市民は、公共医療の恩恵が自分自身の暮らしに及ぼす影響を深く実感しました。 クムチョン(衿川)区に住む主婦のイ・ジョンヒさんも暮らしが変わりました。考えたこともなかった育児事業を始めたのです。ソウル市の「町の共同体育児」支援事業を通じ、共同で育児するだけでなく、近所の人とともに暮らす楽しさを味わっています。約2千人の市民がイさんと同様に暮らしの中で活力を感じています。 こうして今、ソウル市では暮らしの変化を経験した多くの市民とそれにまつわるエピソードが無数の実を結び、花を咲かせています。しかし、本当のスタートはこれからです。私もソウル市も、まだ満足はしていません。私たちにはまだやるべきことが多く残されています。 ソウル市は、今後も市民の暮らしの変化を誘導すると同時に質的完成度を高め、持続可能な未来に向けて新たな経済エコシステムを構築してまいります。未来の成長エンジンとして経済と暮らしの安定を確保し、これを基に市民一人ひとりの暮らしの質を高め、共同体が幸せに暮らせる「人間化」の街、ソウル市を目指してまいります。 ■ 創造経済と特化産業活性化によってソウル市の経済地図を変えます 敬愛なるソウル市民の皆様。 その土台となるのはソウル型創造経済です。がっちりとした基盤としっかりしたエンジンでソウル市の未来100年をリードする力となるでしょう。ソウル市は、世界の創造経済の首都、大韓民国の創造経済特別市を目指します。 ソウル型創造経済の中核となるのは、ソウル市が有する様々な産業インフラと人に対する投資を通じた、ソウル市の未来の成長エンジンの構築です。R&Dや観光、MICE、レジャー、スポーツ産業、ファッション・衣料品産業、バイオ医療産業、ICT、教育サービス産業などが、ソウル市独自の競争力のある新たなクリエイティブ産業として集中的に育成されるのです。ヤンジェ(良才)、チョンドン(倉洞)・サンゲ(上渓)、サンアム(上岩)DMC、マゴク(馬谷)、Gバレー、シンホンハプ(新村、ホンデ、合井)バレー、ケポ(開浦)、ホンルン(洪陵)、トンデムン(東大門)などが、ソウル型創造経済の拠点となり、ソウル市の新たな産業中心地として発展するでしょう。 ヨンドン(嶺東)圏のMICE産業地区やチャンドン(倉洞)、サンゲ(上渓)の新経済中心などは、短期間での発展は期待できず、もしかしたら私の任期中には実を結ぶことができないかもしれません。しかし、目の前の成果や利益ではなく、長期の目標とビジョンを見据えた計画は、ソウル市の10年後、100年後をより豊かにするでしょう。 ソウル市は44の業種、136の伝統的な地域特化産業が集中する街です。ソウル市は、市の特化産業を成長エンジンの軸に据え、これを生かしてまいります。特化商圏活性化地区である特化地区を支援し、不景気と大手スーパーの出店で危機的状況にある伝統市場、地元企業、商店街、専門商店街団地の活性化に向けた総合的発展戦略を立ててまいります。小規模商工業者と地域産業の復興と新たな全盛時代を切り開く基盤を築いてまいります。 ソウル型創造経済と地域特化産業、ソウル市をリードするこの2つの柱がダイナミックに躍動するとき、ソウル市の新たな経済エコシステムは稼働し、ソウル市の経済地図は書き換えられるでしょう。 ■ 市民全員が株主の「株式会社ソウル特別市」を目指します そのためにソウル市は、投資するものには思いきって投資し、誘致するものは確実に誘致し、支援するものははっきりと支援してまいります。 国内の強小企業と海外のグローバル企業との連携、海外及び他自治体に移転した企業のリターン誘致など、思い切った投資誘致を通じて経済エコシステムを多元化してまいります。チャレンジ1000プロジェクト、起業センターの運営及び起業プログラム支援、起業金融支援をはじめ、起業支援や販路・マーケティング支援などの流通支援は経済エコシステムづくりに向けた土台となるでしょう。 雇用政策も中核推進事業となるでしょう。良質の雇用を発掘し、働きたい人は誰でも働ける能力を開発するだけでなく、制度的基盤の拡充に全力で取り組んでまいります。 ニューディール雇用や公共労働、地域社会雇用といった公共の働き口だけでなく、クリエイティブな専門人材の育成や技術教育院の運営などを通じて業務能力を養うほか、雇用特区の指定と雇用財団・委員会の設置により制度的基盤を構築してまいります。 財政投資を通じて良質の雇用を創出してまいります。チェムルポ(済物浦)大路や西部幹線道路などの都市高速道路の地下化と上部公園化事業、首都圏広域鉄道と第3期都市鉄道の建設、水防施設、ハンガン(漢江)開発など、都市インフラ事業を積極的に推進し、関連産業の雇用を創出してまいります。 また、協同組合や社会的企業、地元企業など社会的経済を集中的に育成して良質の地域生活サービスを提供するとともに、国公立保育所と老人ホームの施設拡充などを通じて社会的雇用も創出してまいります。 さらに、観光客と外国人の誘致にも全力で取り組んでまいります。100人の観光客がソウル市を訪れれば、2人の雇用が生まれます。観光客2千万人時代が到来すれば、22兆ウォンの経済効果だけでなく、約44万人の雇用が生まれる効果も得られます。 ソウル市は、世界一の観光MISE都市、魅力的な観光一流都市を目指し、地域別・テーマ別コンテンツとストーリーを発掘するとともに、体験型韓流観光など、ストーリー満載、見どころ満載、人情いっぱいの街づくりをしてまいります。 敬愛なるソウル市民の皆様。 これらの成長の恩恵の全てをソウル市民全員で享受しなければなりません。経済民主化を実現し、共同成長を通じて共生する街。これこそ市民全員が株主の「株式会社ソウル特別市」を目指すソウル市のビジョンです。共同成長を通じて市民全員が主人公になる道。今年一年のソウル市の歩みはその第一歩となるでしょう。 ■...   Read more
SMG 1,786

人文学、 人間化の時代を開く尖兵

ソウル人文フォーラム 日付 2015年1月14日 | 場所 シンラ(新羅)ホテル迎賓館 こんにちは。ソウル特別市長のパク・ウォンスンと申します。明けましておめでとうございます。ソウル人文フォーラムに参加してくださった皆様にお会いできて、とても嬉しいです。国内外の世界的な碩学や識者たちが集まって議論する、意味深い場に招待してくださったぺ・ヤンスク委員長と、最高水準の人文学フォーラムを準備してくださった「水曜フォーラム・人文の森」の関係者の皆様に、心から感謝申し上げます。 私は、ソウル市長になる前から人文学に関心が高く、様々な席に参加して討論や特別講義を行い、本も出したりしました。市長になってからは人文学に対する関心と情熱、愛はもっと大きくなったのですが、それは「人が中心のソウル」を作りたかったからです。人・歴史・文化などの人文学的要素をビジョンとして「2030ソウル都市計画」を策定し、人文学中心の生涯学習教育をする「ソウル市民大学」の再編、ソウル市人材開発院に人文学特別講座を開設するなど、ソウル市政に人文学を融合するために多くの努力を傾けています。 皆様、何よりも今、韓国社会では盲目的な競争と成功一辺倒の人生観が広がっています。韓国が経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で自殺率が最も高く、出生率は最も低い国であることは、皆様もよくご存知だと思います。「自分だけが豊かに暮らせればいい」という誤った価値観は、私たちの社会を配慮とコミュニケーション、人間味のない冷たい社会にし、また、私たちの生活を荒廃という奈落の底に落としています。 これから私たちは、新しい価値を尊重する、新しい時代の扉を開かなければなりません。世界で類を見ないほど最も早い産業化と民主化を実現しましたが、これからはそこに止まらずに、新たな価値を創出しなければなりません。ともに幸せに生きていく「人間化」の時代に進まなければなりません。 人間の価値を大切にし、人間らしい暮らしを守りながらともに生きていく、共同体の生活を享受しなければなりません。その土台は、まさに人文学です。人文学が人間化の時代を開く尖兵となる必要があります。これが、人文学が存在する理由であり、私が人文学を愛する理由です。 そのためソウル市は、すべての市民が危険から保護され、すべての市民が人間的な差別を受けず、すべての市民が人間らしい幸せを享受する、人間化の都市を切り開いていこうと思います。皆様も協力してくだされば、本当に大きな力となります。力を貸していただけませんか? 本日、この意味深い「ソウル人文フォーラム」が、人文学に対する社会的認識と関心をさらに広げる契機になることを願います。今年一年、皆様と皆様のご家族のご多幸を心よりお祈り申し上げます。良い一年をお過ごしください。ありがとうございました。
SMG 465