伝統文化

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資料基準日:2017年1月2日

朝鮮の最高の宮殿「景福宮」

朝鮮時代(1392~1910)最高の宮殿で、朝鮮時代に建造された五つの宮殿のうち、最初に築造されました。

景福宮

  • 文禄・慶長の役の際に焼失したが、高宗の時に興宣大院君の指揮下で改築。
  • 光化門・興礼門・勤政門・思政殿・康寧殿・交泰殿を結ぶ中心部分は宮殿の核となっており、幾何学的な秩序の中に左右対称になっている。
  • 首都ソウルの中心にあり、朝鮮時代最高の宮殿である景福宮では、上品で格調高い朝鮮王朝の文化が感じられる。

韓国人の自然観を窺うことのできる「昌徳宮」

朝鮮時代(1392~1910)における公式的な宮殿であり、景福宮に続きニ番目に築造されました。

昌徳宮

  • 離宮として築造(*離宮:戦争や大きな災難が起きるなど王宮が使えない場合に備えて造られた宮殿)
  • 多くの王が滞在しながら国を治め、朝鮮王朝の中心となった。
  • 地形に合わせて配置されているため、自然で美しい。
  • 1997年、ユネスコ世界遺産に登録。

雅やかな宮殿「昌慶宮」

1418年、譲位した太宗のために世宗が建造した宮殿です。

昌慶宮

  • 独立性を保つために宮殿では唯一東向き。
  • 生活空間である内殿空間が非常に発達している。
  • 昌徳宮の足りない住居空間を補う役割を果たす。

韓国の美が感じられる「徳寿宮」

本来の名称は慶運宮でしたが、1907年に高宗が純宗に譲位し、ここに住むようになって「徳寿宮」と改称されました。

徳寿宮

  • 朝鮮時代(1392~1910)の他の宮殿はすべて裏に山があるが、徳寿宮は唯一平地に建てられている。
  • 高宗は西洋列強と肩を並べるためには漢陽都城の道路網を再編する必要があると考えていたが、このような立地条件に基づき、高宗は徳寿宮を中心に道路網を構築すべきだと判断した。

王統の気運が流れる「慶熙宮」

朝鮮の五大宮殿といわれていますが、それほど広くは知られていません。

慶熙宮

  • 日帝強占期(1910~1945)に最も破壊された宮殿。
  • 部分的に発掘と復元が行われたが、昔の威容は感じられない。
  • 2002年に一般公開。その威容を回復するために現在も努力が続いている。