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[2012] 市長挨拶

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  • 歴史は共同繁栄と南北平和の道を歩み続けます。

  • SMG 681

    10・4南北共同宣言5周年記念の挨拶

    日付:2012年10月4日
    場所:韓国プレスセンター

    こんにちは。ソウル市長、朴元淳でございます。イ・ビョンワン理事長、イ・へチャン代表、そして、この場にお越しくださいました各界のご来賓の皆様、歴史的な「10・4南北共同宣言」が採択されてから5周年を迎えました。半世紀にわたる南北分断の歴史において5年前の今日は、本当に歴史に残るような意味深い日として脳裏に焼き付けられています。

    国家元首としては初めて、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領ご夫妻が軍事境界線を歩いて越えるという胸が熱くなる瞬間を私たちは皆、鮮明に覚えています。南北の首脳が7年ぶりに再び握手を交わした瞬間から、百花園迎賓館で両首脳が膝を交えて行った会議と歴史的な合意書調印の場面に至るまで、その時の記憶がまるで昨日のことのように鮮明に蘇ります。

    6・15南北共同宣言から始まり、10・4南北共同宣言へ続いた南北首脳の平和に向けた志は、両国民に朝鮮半島における永久平和が可能だという希望を、さらには半世紀を越える分断の壁を取り払う日がそう遠くないという可能性を見せてくれました。

    10・4南北共同宣言は南と北が政治、軍事、経済、社会、文化、外交など、社会全般において交流と協力を深めて発展させるための具体的な第一歩でした。また、南と北が一つの民族共同体として未来へ進むための実践的な計画案となりました。相互尊重と信頼に基づき、南と北の共同繁栄と社会・文化的な同質性を取り戻すために、積極的に協力していくことで合意する歴史的な約束でした。

    同宣言の意志と内容が継承されていたなら、北東アジア情勢が急変しつつある今日、朝鮮半島情勢は大きく変わっていたかもしれません。より柔軟な政策で未来を見据え、お互い歩み寄り、朝鮮半島の平和と南北間外交の歴史はさらなる一歩を踏み出せたはずです。

    しかし、今の南北関係は再び昔の冷戦状態に戻ってしまいました。鉄道や道路は塞がり、 金剛山観光といった人的交流も中断されました。何より、かけがえのないわが国の国民と兵士らが犠牲になりました。これら全ての痛みは、私たち自らがより敏感かつ慎重に解決していかなければならない南北関係において、はっきりとした主体になれなかったことを如実に物語っています。周辺諸国と北朝鮮との外交力において、韓国はリーダーシップを失ったという印象を拭えませんでした。

    昨年末、北朝鮮も大きな変化を経験しました。5年前南北共同宣言のもう一人の主役だった金正日総書記が他界し、その後を金正恩第一書記が継ぐ新しい後継体制がスタートしました。

    しかし、外的な環境の変化にもかかわらず、依然として朝鮮半島では無駄な対立や破滅的な対決の言葉が後を絶ちません。平和と和合に向けて努力してきた、数え切れないほど多くの方々が流した汗と涙の意味が色あせているようで、残念でなりません。

    だからといってこのまま諦めるわけにはいきません。一千万のソウル市民の安全を守るべき責務のあるソウル市長の立場からしてはなおさらです。ソウルの持続可能な発展と市民生活の安定を考えると、南北間の平和と共存に向けた「10・4南北共同宣言」をどう実践すべきかに対する悩みは、より深い意味を持って胸に迫ってきます。ささやかなことですが、ソウル市レベルでソウル平壌サッカー試合、ソウル市立交響楽団の平壌公演を提案したのも、同宣言の交流と協力、民族の同質性を取り戻すという精神を受け継いでの措置でした。

    統一と平和、そして共同繁栄は、持続可能な明日を切り拓くための基本条件です。さらには、民族的にも時代的にも当然すべきことです。いかなる政治的、経済的な利害関係も、それを越えることはできません。その道を歩むためには相手をどんな存在として受け入れるかが重要になってくると思います。ますます厳しくなる北東アジア情勢において、北朝鮮を打倒すべき敵とみなすのは愚かなことだと思います。

    南北共同宣言という大変意義深い宣言の趣旨を改めて確認する本日、我々は再びスタートラインに立たなければなりません。冷戦と破壊、葛藤と対立が続いた時代に別れを告げ、平和と交流を通じてソウル市民、ひいては韓国国民の生活に安定をもたらすよう努力するときです。そのために我々皆の知恵と志、勇気と信念が一つに結集されることを願ってやみません。そうしてはじめて、歴史は共同繁栄と南北平和の道を歩み続けていくものだと確信します。ご清聴、ありがとうございました。