希望日記

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  • 「自発的監獄」に生きる人々
    [朴元淳の市政日記5]

    SMG 950
  •      ある人はここを「自発的監獄」と名付けました。

         ある人はここを「生きたまま入る棺桶」ともいいました。

         その呼び名を聞くだけでぞっとします。どこのことだか、お分かりですか。

         考試院(コシウォン)という名の住居形態(準住居、いや非住居)です。

         「希望製作所」に勤めていた頃や、選挙期間中、そして昨年の11月にも考試院を訪れたことがあります。2月14日には、私が提案した半額考試院政策について、そこに住む方々や専門家の意見を聞くことにしていました。

         横になると体を動かすことすらできない一坪の部屋は、日当たりなどは望めません。

         1.5cmの薄いベニヤ板で区切られた部屋は、話し声や音楽はもちろん、オナラの音さえも許しません。一つのトイレを20人以上が使用し、物価上昇のせいでご飯と汁物だけの食事すらなくなったところが増えたそうです。考試院に住んでいることを隠したくて、家族、友人との社会的関係もすべて絶ち、匿名のまま生きている人も多いそうです。

         以前は受験勉強のためのものだった考試院が、日雇い労働者、無職の若者、失業者、外国人労働者など、この時代のもっとも恵まれていない人々の住居となってずいぶん経ちます。数百万ウォンの賃貸保証金が払えない人にとっては、最も手っ取り早い住居だからでしょう。一月30万ウォンぐらいの考試院の部屋代すら用意出来ず、サウナ、漫画喫茶、簡易旅館などを転々とする人もいます。このような人たちが、ソウル市だけで10万人を越えています。18世紀のイギリスの産業革命時代、おびただしいスピードで膨張していく都市で、まったく配慮されなかった貧民の生活が、21世紀のソウルの都心で再現されているのです。

         私も若い頃に約1年間、読書室(24時間運営の勉強施設)で過ごしたことがあります。田舎から上京してきて住む場所のなかった厳しい時期でしたが、あの時私は一度でいいから椅子ではなく、床に布団を敷いて寝てみたいと思いました。あの時、まともな寝床で寝ていたら、今よりは背が伸びていると思います。もちろん、私にそのような経験があったとしても、考試院のような施設に住む最貧困層の生活を、すべて理解できるとはいえません。しかし、狭く暗い部屋の中で感じる絶望は、私にも少しは分かるような気がします。

         実は、今回の「半額考試院政策ワークショップ」を準備する時も、このようなことを思いました。なかなか出口の見えない考試院生活、絶望することに慣れてしまっている彼らの人生に、どうすれば一筋の希望の光が差してくるのでしょうか。

        しかし政策ワークショップが開催されたソウル永登浦洞(ヨンドゥンポドン)の半額考試院本部で、その悩みは一気に解消されました。

         「やってみよう!答えはある!いっしょにやろう!いっしょに生きよう!」

         壁の一面に大きな字でこう書かれていました。その会の名も「やってみよう!」です。そして最貧困層の住居問題を支援する団体、産業災害患者会の名は「蛍の光」だそうです。そう、キレイな水にしか生息できず、暗闇を灯すあの蛍の光から名付けられました。

         会の名を聞くだけで希望が、自活の意思が感じられませんか。

         私もそうでした。

         その名に相応しく、素晴らしい意見もたくさん出されました。非営利考試院という考え、伝貰形式の考試院(チョンセ、一定のまとまった金額を預け、月々の部屋代は払わないシステム)はどうか、またパク・ジソンやキム・ジャンフンのような寄付者から寄付を集める方法に至るまで、沢山の意見が出されました。何とか絶望を切り抜けようと、想像力とアイデアが堰を切ったように溢れ出ました。

         いくらソウル市が頑張っても、自立の意思と情熱がないとなかなか上手くいきません。ですが、考試院に住む方々が自ら会を作り、就職口を探し、対策も練っているのですから、私には大きな励みになります。その中でも、しゃべるのに自信がないから、ということで書面で意見を発表した「やってみよう!」会のキム・サンソクさんの文章は、私の胸を打ちました。

         「政府や国民は、徹底して貧民を切り捨ててきたと思う。次第に未来への希望を失い、最後には絶望すら感じない、もっとも悲惨な人間になっていく。政府や国民の関心だけが、数百万の貧民の希望である。愛を求めているわけではない。切り捨てられたわけではないということが分かれば、我々は希望を求めることができる。半額考試院は、数百万の貧民が、自分たちは切り捨てられたわけではないということを感じさせる制度の、はじめの一歩となるであろう。」

         もちろん、「半額考試院政策」は、貧民の住居問題を究極的に解決するようなものではありません。低所得層のための賃貸住宅を建築するのが最善です。ですが、すぐ解決するような問題ではないので、ひとまず臨時の対策として出されたものです。このまま放っておくと、彼らはいつホームレスになるか分かりません。まず最悪の状況は防ぐべきではないのでしょうか。

         この文章を書き終える頃、悲しい記事を読みました。考試院で暮らすシングルマザーが赤ん坊の泣き声で考試院から追い出されるかも知れないから、赤ん坊の口を塞いでいて窒息させてしまったという記事です。これ以上このような悲劇があってはならないでしょう。

         やってみよう!やってみましょう!

         蛍の光ほどの希望さえあれば、諦めず皆でやってみましょう。

         この時代を生きる我々が皆で、「いっしょに」生きましょう。