希望日記

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  • 龍山惨事について我々は無実でいられるのでしょうか-映画「二つの扉」を見て
    [朴元淳の市政日記26]

    SMG 1188
  •     龍山(ヨンサン)惨事について我々は無実でいられるのでしょうか。
    -映画「二つの扉」を見て

        「住民が無理な要求をしたかもしれません。しかし、市民が無理な要求をしたからといって、国家はあのような鎮圧をしても良いのでしょうか」

        2012年の下半期が始まる第一日曜日、私は「インディスペース」という小さな映画館で、ドキュメンタリー映画「二つの扉」を見ました。映画に出演した人権活動家パク・ジン氏の言葉が、ずっと脳裏から離れません。

        映画「二つの扉」は2009年1月20日に起こった龍山事件をテーマとしています。この事件では、撤去に反対する住民5人と警察特攻隊員1人が犠牲となりました。事件のきっかけは、龍山再開発4区域に住む住民が、強制的な撤去に反対し、「ナミルダン」という建物の屋上の望楼に立てこもったというものです。25時間目に始まった鎮圧は、戦争を彷彿とさせるものでした。すぐ凍りついてしまうような厳寒の季節だというのに、水大砲が打たれ、火炎瓶がとびかったのです。

        もし、あの当時、私がソウル市長だったら、強制撤去を阻止するために警察の前に立ちはだかったはずです。そして警察に「水大砲は発射するな、全員撤収しろ」と叫んでいたはずです。

        もちろん、強制撤去は法律に違反するものではありません。土地が管理処分となり、土地・建物の所有者組合が工事を許可したら、そのときはすでにソウル市長の管轄ではなくなります。区庁長と開発業者の間で話し合いが行われる段階です。残念ながら、ソウル市長であっても、強制撤去をやめさせることは不可能であったかもしれません。

        しかし、私の任期中は強制撤去はいたしません。区庁長と警察に協力を求めることになるでしょう。それでも強制撤去はしません。

        龍山惨事は、我々の社会について考えさせられる事件です。なぜ、これほど多くのニュータウンが作られたのか。当時、「ニュータウンさえ公約に掲げれば当選間違いなし」という皮肉をこめて、「ニュータウン選挙」という造語ができました。それはいったいなぜだったのでしょうか。我々は反省しなければなりません。この背景には、買った家の値段がさらに高くなり、財産がますます増えていく、ということを願った国民の欲があったのではないでしょうか。不動産はぜったい値下がりしないという神話を信じ、投機の気持ちが強く反映されていたのではないでしょうか。家主には権利があっても借主にはない、いやなら金持ちになれば良い、いやなら出ていけば良いといった利己主義が、この社会に広まっていたからではないでしょうか。

        そのようなことを考えると、我々は、龍山惨事の幇助者、あるいは傍観者であったと言えるのかもしれません。

        年が明けて日本に出張しましたが、その時に東京の六本木ヒルズの再開発事業について話を聞きました。この事業は17年間、4百回以上の住民説明会が開かれ、住民から100%の同意を得て進められたそうです。最後の住民の引っ越しが完了するまで待ったうえで、開発の作業が始められました。その時まで、いかなる暴力も強制もありませんでした。再開発事業は、必ず利害と葛藤を生みますが、そのような中にあっても、何を最優先に考えるべきか、何に価値を求めるべきか考えることによって事態は変わるということを、この六本木ヒルズ再開発事業は我々に教えてくれます。

        再度言いたいと思います。私の任期中に強制撤去はいたしません。ソウル市政の多くのものがそうであるように再開発事業も例外ではなく、大切なのは、スピードではなく方向だからです。