希望日記

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  • 神は余りにも高いところに、皇帝は余りにも遠いところに
    [朴元淳の市政日記2]

    SMG 1107
  •     -この時代、コミュニケーションこそ最大のトピック

        「神は余りにも高いところに、皇帝は余りにも遠いところに」というロシアの諺があります。帝政ロシア時代に出来たこの諺は、民衆の厳しい暮らしを神も為政者も分かってくれないという意味です。神は高い空の向こうに、皇帝は宮殿の中に隠れていて、民の苦しみなど知る由もないという嘆きが籠められています。この言葉は私の脳裏に鮮明に刻印されました。

        しかし、これは当時のロシアに限った話ではありません。古今東西を問わず、良くあることです。高い地位に上ると、民衆の声が届かなくなることが常でした。それはインターネットという技術が開発され、普及した現在でも変わりません。

        だからこそ「コミュニケーション」が最大のトピックになっています。それは意思疎通ができていないことの裏返しでもあります。相手の話に耳を傾けていないからなのでしょう。それでは真の対話は成立しません。一方的な主張や指示があるのみです。これは、政治や行政において最も深刻な状態を呼び起こします。汝矣島(ヨイド、国会議事堂のある場所)政治において互いの話に耳を貸したり、国民の声に耳を傾けようとする姿勢は見えてきません。国民の代表だという人が国民の声を無視すれば、国民が彼らを信じなくなるのは火を見るよりも明らかです。

        「傾聴ツアー」は今回のソウル市長補欠選挙の時から始めたイベントです。昔ながらの市場、非正規労働者の勤務先、地域児童センター、社会的企業のパン屋、無料給食が行われている小学校、加山(カサン)デジタルバレーのベンチャー企業などを直接訪ねました。選挙が終わり、市長となった今も私は「傾聴ツアー」を続けています。

        環境美化作業員とともに掃除をし、昔ながらの市場でキムチ作りのための買い物をするのはもちろん、鷺梁津(ノリャンジン)水産市場、賃貸の狭小ワンルーム、水道管の破裂による断水の現場、田園村など牛眠山の山崩れの現場、危険レベルに分類された住宅地、120茶山(タサン)コールセンター、ソウル総合防災センターなども訪問しました。

        現場に足を運ぶと、多くのものが見えてきます。その現場だけの問題ではなく、それを取り巻く全体像が俯瞰できるからです。そこで会った住民、当事者と利害関係者、現場で働く作業員からも生きた情報が得られます。いくら机に座って報告を受けても、書類を読んでも、実際のことは分かりません。現場に行くことで、生きた状況と現実を把握できますし、その解決策を聞くことができます。したがって、「傾聴」は、独断と独善を防ぎ、実像を把握して解決策を練るのに大いに役立ちます。それが、これからも現場に出向き、「傾聴」を続けようとする理由です。

        もちろん、現場に出向くことだけが唯一の方策だとは思っていません。なぜなら、現場に行かなくても現場の声を聞くことができるからです。ツイッター、フェイスブック、ポータル、ブログなどを通じて市民の声に触れることができます。そして、私はソウル市公務員の悩みと話を聞くためにイントラネットに「元淳氏の相談室」を開設しました。数日のうちに約70人から手紙を頂きました。もちろん私だけが閲覧できます。椅子に座ったままでソウル市公務員の願いが分かるのです。「見えぬけれども見えるんだよ、聞こえぬけれど聞こえるんだよ」 、この不思議なチャンネルを通じて、私はソウル市政の業務を速やかに把握しています。

        今までの一ヶ月はあっという間に過ぎました。その間、予算案を市議会に提出し、業務報告を受け、急ぎの案件を処理してきました。様々なイベントに参加し、国内外の重要人物と面談し、市議会からの質問にも答えてきました。どのようにして一日が過ぎていくのか、いつ日が昇り、いつ日が暮れるのかも分からないまま日々を送っています。ソウル市は一千万の人が住み、2千万の人が仕事をする場所です。それだけ人々の要求も事故も多い場所です。寝床から起きて来ると、常に何かが私の決定を待ち受けています。ソウル市長という責務がどれほど重いのか、日々切実に感じています。しかし、市民の皆様の声に耳を傾け、この責務を全うすれば、大きな間違いは犯さないであろうと信じています。今日も一日、私は市民の皆さんの傍にいます。