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[2012] 市長挨拶

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  • 全てのものは町に通じます

  • SMG 504
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    地域共同体づくり特別講座

    月日:2012年3月5日
    会場:人材開発院講堂

    人は切実に願えば互いに通じると思います。ガラガラヘビは10里離れていてもで互いの存在が分かると言われますが、私たちは人間です。人も絶えず進化していますね。互いに気持ちが通じ合える、私の心がそれだけ切実だということを皆さんご存知でしょう?

    私は皆さんに訊ねたいです。何のために生きていますか、なぜ生きているのですか?実際、とても大事な質問です。まさに皆さんが、ソウル市民が何のために生きているのか、何のためにあくせくして働くのか知ってこそ、その方々が希望し、熱く願い、夢見るものを達成させることができます。

    ソウル市民は何を心の中で最も願っているでしょうか?(「幸福」)そうです。幸福です。多くの人々は勘違いしています。なぜ生きるかと尋ねると、金、富、権力、こういったものしか出てきません。しかし、私はその全てのものを超えた、人々が最も大きく望んでいるのは幸福だと思います。

    一時はお金でした。十分に食べられない、暮らしが豊かでない、飢え死にするような時代には、思う存分食べられるようになること、大きい家、良い学校に行くこと、こうしたことが夢でした。しかし、多くの人々はそれをある程度解決できるようになりましたね。その次に尋ねます。なぜこのように生きているのかと。私たちの親の世代は、誰もが所得の話をしたでしょう。重要視したのはGDP国民所得でした。一国の成長と発展の指標として使われました。

    しかし、最も先を行く国々、GDPが最も高い国から、national happiness indexというものを重要視するようになりました。いわゆる幸福指数を問うようになったのです。昨年だったでしょうか。私が市長になる前のことです。英国のある団体の代表でトニー・ブレア首相の政策室長をしていた人で、トニー・ブレア労働党の未来ビジョンをつくった人、Gooff Morganですが。ある会議に私を招いてくれました。その会議のテーマが幸福指数の開発に関することでした。OECDももうGDPの代わりに幸福指数を開発する仕事をしていたのです。そうした経緯で私は幸福指数について大きな関心を持つようになりました。

    先の市長選挙がなければ、その時期にどこに行く予定だったかというと、ブータンに行くことになっていました。ブータンには幸福研究所というところがあります。私たちは観光客がとにかくたくさん来れば良いと思うでしょう。しかし、そこでは観光客の数も制限していて、お金も前払い制です。10日間滞在して本を一冊書こうと決心していました。ちょうど希望製作所のインターンとして来ていた女性がブータン出身でした。彼女の案内を受けて、ブータンで10日過ごし、ブータンからネパール・カトマンズまで比較的近いのでトラッキングをしてこようと思っていました。

    それでは、幸福をどのようにつくるのでしょうか。そこで、幸福学という学問があります。国民所得ももちろんあるでしょう。ただ、それだけでは決してありません。この本を読んでみたら、一番大きなポイントの一つが「絆」です。言わば一人ではとても孤独なのです。疎外という表現があるでしょう。現代の人生は強い疎外感を感じるものです。韓国が世界で自殺率1位2位を争うことはご存知ですね。生きるのがつらくて自殺する場合もありますが、孤独から自殺を選ぶ場合も多いのです。特に高齢者の方が。そのため、自分の地域共同体の中で、誰かと共に生きているということ、帰属感、こうしたことが人々に幸福を与えるというのです。これから遠ざかると自殺の可能性が高くなると言われています。

    英語でconnectedness。ある地域社会の中で自分が帰属していると感じることがとても重要だという言葉です。実際、私たちが生きてきた時代は、若い公務員を除くみなが記憶していることでしょう。私もとても貧しい田舎で育ちました。60年代に子ども時代を過ごしましたから。その時は食べていくことさえ難しかったのです。春の端境期がありました。春分期になると米びつに米がなくて、麦を持ってこいと母や姉が私に手伝いを命じるのですが、すくおうにも米がないのです。それでも門の前に乞食が来たら絶対にそのまま送り返すことはありませんでした。ご飯を食べる時に来れば、ご飯に水をかけてやって乞食に持って行きました。貧しくても、町で飢え死にする人は一人も出ませんでした。また、我が家には広間がありました。広間は普段父が寝る部屋でした。母は母屋で起居して。そうすると、町内の男たちが集まって夕方遅くまで話をしたり、父は縄を結ったり、いろいろな仕事をしていました。通りかかった旅人を泊めてあげたりもしました。見知らぬ人でも泊めたのです。今は通りがかりの人を泊めることがありますか。世の中がどれほど冷たくなってしまったことか。誰が誰を信じられますか。幸せでいられるはずがありません。

    本当に不思議なことですが、外国の多くの都市に行って暮らしてみると、私たちより少し先を行く社会のほうが、人々が親切です。困ったことがあってお願いすると、とてもよく案内して助けてくれます。ヨーロッパの都市が一番良いです。旅行をすればすぐ分かります。私に何か問題が起きて、通りすがりの自動車や店の人に聞いてみると、みな出てきてとても親切に助けてくれました。一方、同じ町に住みながら、何が起きているかも私たちは知らないでいます。

    匿名の社会が持っている危険性。それでもソウルでは良いといわれるソンミ山共同体をインタビューしに行った時のことです。ユ・チャンボク先生が私と町のカフェで話していて、窓の外に子どもが通り過ぎるのを見て「おや、あの子は授業がまだ終わっていないだろうに」とおっしゃるのです。町内の様子をよくご存じだからです。町の人々がお互いによく知っています。ソンミ山共同体では恐ろしい殺人事件が起きることはないでしょう。共同体が安心できる町を提供するのです。安全な都市をつくる上でも、私は地域の共同体がとても重要だと申し上げたいです。

    ソウル市や自治区で予算全体の26%をどこに使っていますか?福祉です。そのお金で敬老堂、老人福祉施設、保育園をつくり、一方では障害者施設をつくります。しかし、こうした施設はみなバラバラです。私は基本的に老人福祉施設をつくることは収容所をつくることだと思います。極端な言い方をすると、社会福祉学者はコットンネ(花の村)の概念は反福祉的だと言っています。なぜでしょうか。その方々が暮らしの真ん中に存在してこそ幸福に過ごせて自己の発展も可能でしょうが、いくら良い施設をつくって入れても収容所ではないですか、意味をお分かりでしょう。

    本当に良い施設は、町自体が最も良い施設です。その中での絆を通じて自分の存在感と幸福を感じることができます。それが別々に離されていては、わざとらしいですし、その方々は不幸ですね。そうではなく、おじいさんが子どもたちや障害者と共に仲良く暮らす中で、おじいさんは子どもたちに若い頃の話をしてあげ、その前で子どもたちは自分が得意なこともやってみせて、そうして互いに一緒に暮らしていくほうが良いでしょう。それで私は韓国の福祉システムが非常に誤った方向に行っていると思います。最も良い福祉は、まさにこうした地域共同体、町の共同体が生きていればそれが福祉になるということです。地域共同体支援センターをつくろうというのもまさにこのような考え方です。

    互いに離れた人生ではなく、一緒に生きる人生。幼い頃の思い出で、外で遊んで、友達の家でご飯を食べ、寝ることもあったでしょう。村中の人みんなが世話してくれました。私が何か間違ったことをすると近所のおばあさん、おじいさんも叱ってくれました。今は他人の子どもを叱ったら仕返しをされるでしょう。ガンジーがこんなことを言いました。町は宇宙だ、と。様々な要素が入り混じっているので、それを通じて生きる方法を学ぶということですね。私たちは既に地域共同体が消えてしまったので、人生を図書館で学んでいます。人生は図書館で学ぶものではなく、町で、共同体で学ぶのです。過去には大学を出ていなくても生きていく方法を知っていましたね。多様な構成員の姿を見て、どのように生きて関係を結んでいくのかをみな知っていました。最近はお互いにどのように関係を結んだらよいか分からないでいます。重要なのは人格で、世の中をうまく生きていくリーダーシップはまさにこうした地域共同体から出てくるという意味です。真の福祉は飢え死にする人を出さない、たとえ難しくてもそれこそが地域共同体の力だ、こう思います。

    地域共同体が雇用と経済をつくり出すと思います。もちろん韓国で大企業がつくり出した力は本当に大きいです。しかし、一つの社会も有機体です。例えば、池を見ても食物連鎖やエコシステムになっているでしょう。プランクトンから始まってとても大きい雷魚のようなものまで。もし雷魚だけだったら、その雷魚は生きていけるでしょうか。本当に多様な生物が貯水池の水の中に生きています。社会も、経済も同じことです。大企業だけは存立できません。路地商圏、既存の市場があってこそ、共に生きていくことができます。それが、効率性だけ追い求めていると、全てのものが大きくなりさえすれば良いと考えがちですが、絶対そうではありません。我が国は経済危機が訪れたらとても弱い構造です。特にソウルはなおさらです。大韓民国は雇用なき成長という話が出るほど、経済の成長に庶民の雇用が追いついていません。

    一方、中小企業が充実している国は、経済的にとても安定している国です。台湾がそのような国で、ヨーロッパの多くの都市、ボローニャもそうです。そうしたところは経済水準も高く、その次に外部要因に弱くありません。また、スペインのモンドラゴンという地域は協同組合の地域です。そこは10万人を協同組合が雇用して人工衛星まで打ち上げています。大企業がなくても協同組合自体が住民たちの暮らしをしっかり支えていて、経済の安全を守っています。

    今年は国連が定めた協同組合の年です。しかし、韓国は協同組合の数があまりにも少ないです。ところが、ヨーロッパに行ってみると住宅協同組合がとても多く、全体の25%が協同組合の住宅です。ですので、投機が行われることがありません。そのような力が協同組合の力から生まれます。日本を旅行した時に、大きな駅の前で最も大きい建物を探してみてください。私たちだったら普通どうですか。駅前で最も大きい建物はデパートでしょう。日本では生協の建物です。グリーンクックといって福岡を中心に活動する協同組合は200万世帯が会員・組合員です。そのような国の経済はとても安定していると言えるでしょう。

    今住宅に関して言えば、今までのニュータウンは突然指定されて、開発されてきました。ニュータウンを建設する会社はどんな会社でしょうか。現代、サムスン、GS、ほとんどのそのような会社ですね。しかし、もし私たちがペクサ村やソンブク(城北)区チャンス村のようなところを共同体の町として開発しようとした時に、既存の住宅を一気に追い出して大きいマンションを建てるのではなく既存の住宅を改善していくことになったら、どんな会社が必要でしょうか。その町のPVC店、水道管、こうした町の店に行って買うことになるでしょう。町の経済が回復する道が開かれるのです。

    もちろん、だからといって大企業が一斉になくなるべきだと主張している訳ではありません。大企業は国際競争力で伸長し、小さい企業は町の経済を生かすことができるという意味です。私がもし市長でなかったら、協同組合をきちんと展開しようと本当に考え抜いたことでしょう。皆さん、弁護士について言えばですね、弁護士はお金をたくさん要求しますね。弁護士は力が強いです。専門知識がありますから。一般市民はよく知らないので、言い値でお金を支払っていますね。ところが、法律消費者協同組合のような組織をつくって会員が10万人いれば、弁護士を逆に働かせることができるのです。これだけではなく、自動車を修理した時に、領収書を見ただけでは、ちゃんと修理されているのか分かりませんね。日本には車検協同組合、自動車検査協同組合があります。私が自動車検査協同組合の設立計画案までつくっておきました。私はこういう例だけでも数十万の雇用を生み出せると考えます。

    私は今日、雇用政策課長と朝、市長室で簡単な会議をしました。私の目には全て雇用につながるように映ります。テーマ別に雇用エキスポを開催することとか。地域共同体さえあれば雇用エキスポを開けますし、リサイクルだけでも数多くの雇用を創出できると思います。例えば、ヨーロッパなどでは、朝早く起きたら何をしますか。

    一つはノミ市が開かれます。英国では10キロはあるくらいものすごい長さで、週末ごとに開かれます。自動車に物を載せて商売をする人ができます。ある人は古地図、ある人は燭台、ある人は食器。私が見ると全国的にアンティークショップ、こういうものだけでも何万件の雇用を創出できます。都市農業だけでも雇用が一気に増えます。週5日制になって子どもたちが遊ぶところが必要でしょう。子どもたちに生命の尊厳性を教えることを専門とする雇用、まさにこのような共同体が提供してつくり出す雇用がはるかに多いと思います。

    私がもし町をつくるとしたら、ソウル市内のある町には古本屋だけ30カ所がある、30の店がそれぞれ専門を持っていて、ある店は詩だけ売り、ある店は小説だけ売り、ある店は外国書籍だけ売り、こうしたものが30カ所あると、すぐに有名になるでしょう。また、ある店は工芸品だけ売る工芸の町だ、とした時に、観光客が来るでしょうか来ないでしょうか。そのように考えると、例えば花だけで有名な町をつくることも可能ではないでしょうか?路地に面した全ての家にバラのつたがからまっているような。英国は公園が有名でしょう。バラガーデンが多いですね。オランダのコイゲンホープという町は畑にチューリップを植えていて、見渡す限り色とりどりに咲いています。私たちはそこまでしなくても、例えばクロ(九老)区のある洞に行けばバラがたくさん咲いている、そのような町は、すぐ口コミで広がっていきます。私が申し上げていることを、ある地域でそのようにすれば私にロイヤリティーを払わなくてはいけませんね。ところで、このような形で一つ一つやっていけば活力を取り戻せる町がとても多いのです。

    先日、ハニャン(漢陽)都城に行きました。都城の見晴らしは本当に素晴らしいです。私はそれを見て、漢陽都城を復元することにとどまらず、近隣の町を再開発しようと考えました。18キロを再開発して、カフェに行って古本屋に行ってみて、そのように楽しめれば、その町は全部活力を取り戻せると思います。どうすればその近隣の町を活性化できるか悩んでいます。この前、原発一基削減セミナーをしましたが、その時見るとサンド(上道)3洞ソンデゴルという町がありました。そこは主婦たちが集まって省エネの取組みをしています。あらゆる種類のエネルギーを減らしています。ソウル市内でエネルギー自立の町をつくれば人々が相次いで来るでしょう。ハミャン(咸陽)のミンドゥレ村に行ってみたら、そこは全てが省エネになっていました。

    ところで最も大事なことは、こうした村にはリーダーが重要です。村長は大統領よりも難しいです。他人の不幸は蜜の味という表現があるでしょう。村の人々が気持ちを合わせて生きていくことは本当に容易ではありません。大韓民国の最も偉大な村のリーダーに、チュ・ヒョンノ村長という方がいます。ホンソン(洪城)郡ホンドク面にいらっしゃる方で、この方は高校もかろうじて出ました。14人選抜するのに成績が14番だったそうです。ところでその学校の校長先生がこうおっしゃったそうです。最初の試験で20点だったが、実に可能性が大きい。君はあと80点をさらに上げることができる。そして日本に行く度に日本から本を持ってきたそうです。それでこの方は鴨農法に関する本を読むようになり、今では日本よりもっと広い面積で鴨農法を広めた立役者です。私にこう話していました。自分が村長を務める間に、胸のうちが炭のように黒くなりましたって。利害関係を調整するのは大変難しいことですね。

    そしてナムヘ(南海)に行くとタレンイ村があります。その村の村長さんの話です。棚田で農業をしているということですが、日照りが続く度に作物が台無しになるそうです。どのして私たちの先祖はよりによってここに住み着いたのかと不満があった、でも田植えする風景がとても美しいから人々がたくさん来て民宿をします。村長がホームページを管理して、自分が民宿を運営すれば人々が疑うので自分は民宿をしません。民宿をしない人は不満を持ちますね。それでこれを50対50にして、収入の半分は村の基金にするのです。そしておばあさんおじいさんが亡くなった家には働き手を派遣して農作業を手助けさせるのです。とてもすごい村長ではないですか。私が書いた本にみな出てきます。その村の指導者がどんな心を持って村長の仕事をしているかによって、その村がうまくいくかどうかが決まるということを示しています。本当に立派なリーダーたちが村中にいると思います。

    今ソウル市の地域共同体の話を私が市長になってからたくさんしていますが、聞きなれないようでいても、実際には私たちが既に行ってきた、それで既になじみのある、そのようなことです。ただ、ここ数十年の間、食べていくことに忙し過ぎて私たちの隣人をみな放ったらかしにして、子どもたちさえどんな環境で暮らしているのかさえ知らずに、最も良い幸福を遠くにやってしまって、私たちは全く見当違いのものを追い求めていたのです。私たちの時代の真の価値は共同体性です。大韓民国にコミュニティという言葉がありますか。地域共同体という言葉がハングルから消えたようになっていました。しかしすぐです。私たちの時代がそれを要求しているからです。

    多くの問題を解決するのに王道があります。それはまさに地域共同体を私たちが復元することです。お祭りも、多くの投資をしていますが、定着しましたか? 祭りは町の伝統と歴史、共同の経験から生まれます。お祭り一つとっても、地域共同体が生きていないところでは絶対に良いお祭りができません。全てのものは町に通じると申し上げたいです。

    韓国社会は変化があまりにも速くダイナミックなので、5年経てばおそらく韓国社会も他の先進国に劣らないくらい共同体性が強化されるだろうと思います。私がこれを打ち出さなくても韓国社会が大きいUターンをしていると考えますし、それが大きな流れだと思います。