都市再生

A A
  • ソウルの中の欧州をご紹介します

    SMG 487
    • 朝鮮戦争後、「ハンガン(漢江)の奇跡」を追い風にソウルに生まれた欧州の街並み
    • フランスの雰囲気が漂うソレマウル(村)のアパート、レストラン、パン屋、モンマルトル公園…「プチ・フランス」
    • ハンナムドン(漢南洞)ドイツ人街…ドイツ人400人居住、ドイツビール祭り「オクトーバー・フェスト」開催
    • 英国・聖公会大学、トルコ伝統のアンカラ公園…欧州の痕跡が残る

    朝鮮戦争によって廃墟と化したソウルは、「ハンガン(漢江)の奇跡」と呼ばれる目覚ましい経済発展を成し遂げ、世界の一流国に躍進した。その間、韓国の経済発展を支えた欧州各国の人々がソウルに定着し、欧州人の街が生まれた。

    そんなソウルの中の欧州に迫る。

    フランス人の街「ソレマウル」

    ソレマウル(村)‐都会で感じるゆとり「プチ・フランス」

    エキゾチックなフランス風のカフェやレストラン、パン屋が建ち並び、聞こえてくる会話もフランス語。ソチョ(瑞草)区パンポドン(盤浦洞)のソレマウルの風景だ。フラン人住民が犬を連れて散歩する風景までがフランスを感じさせるこの街は、「プチフランス」とも呼ばれる。ソレマウルは1985年、ハンナムドン(漢南洞)にあったフランス人学校の現在の場所への移転を機に、フランス人らが学校の近くに引っ越してきたことで自然に形成された。道路沿いの商店街とは雰囲気の違う路地はフランス人が暮らす住宅街で、ここがフランス人街であることを実感させる。この街ではフランス料理だけでなく、イタリアやメキシコなど様々な国の料理を味わえ、週末になると多くのカップルで賑わう。

    カフェやレストランが密集する通りを過ぎると、フランス人学校が目に入ってくる。ユニークな外観が印象的で、多くの人が壁に寄りかかって写真を撮る。韓国で暮らすフランス人は1,200人ほどで、その約半数がこの周辺で暮らしている。

    ソレマウルで最も有名なのはモンマルトル公園だ。木々の生い茂ったソリプル公園を過ぎると、ウサギが走り回る緩やかな丘が目の前に広がる。2006年の韓仏国交正常化120周年を記念してソウル市とソチョ区が造った。

    当時フランス人が多く暮らしていた入口の辺りが「モンマルトル通り」と呼ばれていたことから「モンマルトル公園」という名が付いた。ソウル市カンナム(江南)区のほぼ中央に位置しているが、広大な芝生と散策路を歩いていると、しばしフランス・パリのモンマルトルの丘にやって来たような気分になる。

    ドイツ学校の生徒たち

    ハンナムドン(漢南洞)‐ドイツ文化の香り漂う

    コジョン(高宗)皇帝をコーヒー好きにしたフランス系ドイツ人、アントワネット・ソンタクは、高宗にもらった韓屋を様式にリフォームし、ホテルを開業した。1階にレストラン兼コーヒーショップを設け、韓国のコーヒーショップ第1号に。ソンタクは砂糖とミルク入りのドイツ風コーヒーを飲んだので、これが韓国のコーヒー文化の始まりとなった。

    ソンタクはこの地にドイツ文化を広めた最初の人物だった。ハンナムドンでは、BMWやルフトハンザ、パウラナーといったドイツを代表する企業が集まり、本場ドイツの正統派ビールを味わえるビール・フェスティバル「オクトーバーフェスト」が開かれる。街中がドイツ一色に染まる時期だ。

    ハンナムドンは海外駐在員に特に人気の街で、ドイツ人約400人がコミュニティを形成している。この街には、幼稚園から高校まで一貫教育を行うドイツ人学校「ソウル・ドイツ学校」がある。

    ドイツ人はハンガンを望む広い庭のある高級住宅で暮らしている。韓国とドイツはこれまで、分断国家という共通点から緊密な関係を深めてきた。韓国人の鉱夫と看護師がドイツに渡り、経済発展を支えた歴史もある。しかし、ドイツは統一を果たし、韓国にとっては憧れの対象となった。以来、両国は統一のノウハウを相互共有することで関係をさらに深めてきた。

    英国聖公会が建てた聖公会大学

    聖公会大学‐英国聖公会の温かき友情

    朝鮮戦争が勃発すると、英国は米国に次ぐ数の兵力を韓国に派遣した。英国が積極的に韓国を支援した背景には、それまで築かれてきた友好関係があった。1890年、英国聖公会は朝鮮に初めて根を下ろした。聖公会は韓国に近代的教育を広め、保育園を開設して子どもたちの面倒を見た。その後、大韓聖公会は1914年に「聖ミカエル神学院」という学校を建てるが、それが現在の聖公会大学だ。クロ(九老)区のオンス(温水)駅2番出口にあり、両国の絆と友好の象徴として位置づけられている。

    アンカラ公園

    アンカラ公園‐トルコの伝統文化が息づく場所

    トルコは古代国家の時代から韓国史に登場する馴染みの深い国だ。当時の国名は「突厥」で、「テュルク(Türk)」の漢字表記だ。トルコ人は自分たちを「テュルク」と呼ぶ。

    1950年の朝鮮戦争で、トルコは韓国に軍隊を派遣し、両国は互いを「兄弟」と呼び合うようになった。 そして2002年のFIFA・W杯韓日大会で、韓国はトルコを歓迎・応援した。両国が対戦した3位決定戦で客席に掲げられた巨大なトルコ国旗を見て、多くのトルコ人が涙を流したという。

    ヨイド(汝矣島)のアンカラ公園は、ソウルでトルコの雰囲気が漂う場所だ。1971年にソウル市とトルコの首都 アンカラが姉妹提携を締結したことを機に造られた。その後、1992年に公園内にトルコ伝統のブドウ園住宅が建設されると、アンカラ市が民俗品を寄贈して内部を装飾し、1995年にアンカラ・ハウスがオープンした。その敷地内に展示されているのは、アンカラのブドウ農園で使用されていた家具類やキッチン用品、農機具類、その他生活用品だという。特に、16世紀初頭のオスマントルコ時代から婚礼や祝いの席で着られていた伝統衣装や銀の鏡といった手づくりのものは、現地でも貴重品とされている。ソウルにいながらトルコを感じることのできる貴重な場所である。